2007/9/9 日曜日

不協和音

Filed under: 骨折日記 — patra @ 4:20:36

4/2日
ぎゃ〜っと思った。なんと左足の膝がレントゲンで見るとヒビ!が入っていたらしい。装具靴は未だ必要ない・・と宣言されてしまう。残念、又立ちあがり練習が延びることになる。腹がたっていたのが顔に出たらしく美人看護師さんがしきりに慰めてくれました。
予約してた装具屋さんが部屋に来て私の持っていたショートブーツを見て「これ良いですね〜」と言いつつ自分の持ってきた見本を背中に隠し「これは無かったことにしましょ」と私の靴を見本に持って帰っていったのに笑ってしまう。

部長先生が久しぶりの回診で「膝みせて!何とも無い?」「まだ骨がつかないから心配だけどリハビリを今の調子で頑張って」と言われる。
過重を掛け始めた事で足全体を写したら左膝にも微かにヒビがあり既に薄く骨がつきかけているらしい。
息子にメールで報告すると
「散々動かして置いて、大丈夫?は無いよね〜!」と言ってきたので笑ってしまった。まさか左膝も悪いとは思ってなかった私、入院して直ぐに左太ももに包帯を巻き取っ手を付けて自分で引っ張っては動かしながら、膝が固まらないように自主トレしていただけに、たいしたヒビじゃないのだろうが先行きが不安になる。
初期段階では疑わしい部分は全部レントゲンを写すべきだ!・・・見落としは案外多いと思う。第一私が転んだ時は両膝をついて正座するように転んだと説明したのに、両方の膝にタイツの上からホカロンを貼ってあったのでクッションになって無事だとばかり自分でも思いこんでいたのだから知らぬが仏、痛くもなかった。

4/9日
右の金具で大腿骨を支えているほうの膝に違和感を覚える。
荷重をかけるリハビリはそのまま続けていた。

4/10日
ついに2ヶ月が過ぎ3ヶ月に突入・・・相変わらず骨はついていないが担当医は何も言ってこない。手術が続く担当医は、明らかに消耗し、疲労困憊してるようだ。ほとんど姿を見せないか見せても「何ともありませんね!」の「ありま」でつま先は出口へ向いているから数秒で姿が消える。

そこへ夕食後事件が起きた。
いつもの見回りで看護師さんの一人(ベテラン)が「この先、市田さんどうするの?3ヶ月経ったら他へ行かないと、ここは手術治療専門だから・・長く居られないのよ」
認知症のお婆さんと同じような宣告が我が身にも。「家に帰ります!!」と答えると「その方が良い・・・リハビリ病院は良く無いから・・・」と晴天の霹靂のような事を言う・・・。病室中大騒ぎになってしまう。90歳のKさんは既に4ヶ月も骨がついていないが他の先生から「ちゃんと直してあげますよ」と言われているのに?と言い出すお隣のおばさまや人工股関節手術で入院している老人病院の看護婦さんが「骨がついていない患者を出すなんて考えられない」としきりに憤慨してくださる。しかしこの脚でどうやって帰るのか?

4/11日
昨夜に続きこの日はベッドから車椅子へ移動するEasy Glide(スライダー)まで次の人が必要ですから・・とリハビリ室で取り上げられる始末、仕方がないので自分でリハビリ室を物色、適当な板を探し出し確保するも、心の中は波だつばかり・・昨日の一件を相談すべく病院のソーシャルワーカーさんを予約して頂きたい!とリハビリ先生にお願いをする。
それにしても人間の口から不用意に出される言葉は刺のように、胸を喉を締め付ける。

ソーシャルワーカーの女性はお婆さんの一件で顔見知りだったので全ての疑問を相談してみると「問題ありませんよ、3ヶ月で治らない人を出すことはしません。但しその判断は先生にも依るけれど・・・」に又も不安が募る。
一番心配だった障害者枠での入院治療なので何かしらの差別があるのか?といった疑問にもキッパリと否定して頂けた事。装具屋さんと揉めた靴の費用、自費か保険か・・も全額,先払いしても国の負担になりますよ、病気が国指定ではないけど東京都指定の難病だから!と言っていただけたので病室に戻って皆さんに報告をすると「当たり前よね〜」の大合唱でした。
何か疑問が生じたら必ずどの病院にもあるソーシャルワーカーの窓口で確認すべきだとおもう。

怒った担当医が看護師さん達を問いつめたらしく「私は何も言っていない、一体誰がそんな事を言ったのか?」と私にも凄い剣幕で糾しに来たが私は名前は伝えなかった。
人は皆悪気は無い。きっとその看護師さんは脳天気な私を思い遣ってか、あるいは本当にもう歩けないだろうと心配しての優しさだったのかもしれないから。

夕方、件の看護師さんが「先生が言ったのは誰だ!と犯人探しになったので私です!と手を上げました。でも市田さんを心配させてしまってすいませんでした」と謝りに来ました。

しかし、その後も多くの患者さんが病院側の規約で治る見込みが無いと判断されると転院を余儀無くされて退院されて行きました。
骨の着くのが遅かったお陰で私は,長く入院できたのかもしれません。

よし、一刻も早く帰ろう!

その翌日から平行棒に掴まって立っている訓練が始まりました。
5分、10分がやっと・・でも2本足で立つことが出来るのだ。これに靴さえあれば・・・私は一途の希望を靴に託しデザイン画を実寸で書き、細かい注意書きを添えて装具屋さんに渡しました。
「予算を超えてしまった分は差額を自分で払いますから良い仕上がりにしてください」

その靴はとうとう私の手元には届かなかったのです。

原因を考えると、既存の考え方しかしない装具やさんは私の言葉を理解できなかったのだと思う、私の伝えようとする言葉も図面も靴職人さんに渡っていなかったのだろうと思う。
中間に人が介在する悲劇だと思う。絵とも全く違うどころか足裏が合わない靴に絶句するしかなく時間ばかりが闇雲にながれていった。


  1.  Patraさんの入院体験記のエントリー、何とも、手に汗握る内容ばかりで・・・。
     
     こちらとしては、退院なさったから、ある程度安心して読めますが、病院側の対応にびっくりしたり、憤ったりのPatraさんのその頃のご苦労、本当に忍ばれます。

     患者を「患者様」と呼ぶようになどという、筋違いの接遇というか、患者への対応オカシイですね。

     でも、そんなじょうきょうに、立ち向かうPatraさんの姿勢、素敵です。

    コメント by 酔仙亭 — 2007/9/9 日曜日 @ 18:17:30

  2. 酔仙亭さま
    この間も森瑶子さんの湯島のバーで・・という記事にコメントをしようとして何故か落ちてしまいました。とても残念です。

    タイトルを途中で代えたのは誤字表記と間違われるかな?と思ったのですが、こうゆう病院へのクレームを書くと不興を買うのはわかっているけど・・と言う意味を込めたんですけど伝わりにくい(笑)ダメですね。

    そうです。「患者様」と呼んでいただく必要は全くありません。
    そこには接客商売として患者をお金儲けの対象と見るような卑しさが透けてみえますもの

    先生さま・・と思わず呼ばずには居られない雰囲気や威厳を備えていただきたい!と熱望するのです、我々患者は(笑)。

    コメント by patra — 2007/9/10 月曜日 @ 15:36:37

  3. >森瑶子さんの湯島のバーで
     「湯島のバー」、私は、日本一のバーだと思っています。
     後述するような、本来は、接客業でもあるべき医師に見習って欲しいぐらいです。

     タイトルの件、「さすが、Patraさん!うまい!」と思っておりました。前回のコメントで、言及すれば良かった・・・。
     「誤字ですよ〜。」とご指摘があったのでしょうか。残念。タイトル、一読して、へへへと、笑ったのですが。
     
     「聖職者」「医者」「弁護士」が、いわゆる職業社会学で言う、古典的な「プロフェッショナル」なのですが、世の中世俗化する中で、どれも、だめになってきているのでしょうか・・・。

     Patraさん、ご自身の現在のお加減はいかがですか?御母堂共々、くれぐれも御自愛下さい。 

     

    コメント by 酔仙亭 — 2007/9/11 火曜日 @ 0:08:15

  4. 誤字です!と言われてしまいワザとです、と説明するのもくたびれたので(笑)皮肉とユーモアを込めたんですが。

    湯島のバーを知らないのですが増々興味深々です。

    私は今現在、まだ少し右足が痛むのですっかり直ってから(前の状態ですが)色々と始めたいとおもっています。

    母は元気だそうで私の差し入れるお弁当を楽しみにしています。
    今も仕込みをしていたところ・・・

    コメント by patra — 2007/9/11 火曜日 @ 1:15:48

  5. ありゃ、こりゃ余計なことを申しました (^^;

    コメント by kyo — 2007/9/11 火曜日 @ 1:25:37

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