2005/4/4 月曜日

蕎麦が好き

Filed under: 料理 — patra @ 2:00:02

蕎麦

干し蕎麦を茹でる。
邪道なのかはしらんけど、薬味に葱ではなく山葵と切り三つ葉の微塵・・・が好きだ。
人と会う日は納豆も蕎麦も葱は使わないために苦肉の策だったが、これが案外、イケル。
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大河と..義経物語

Filed under: 大河義経 — patra @ 1:42:50

アメリカに住む友人からメールが来て、向こうで大河ドラマ「義経」を見たそうです。

多分ビデオだと思うのですが、去年も電話で話題が出たのは大河。「宮本武蔵」のテープを借り出して見ることができたそうですが、>日本では不評だった・・・と伝えたら

「流石に梨園の出らしく育ちが良さそうで新之助は(現、海老蔵)こちらで見ると非常に姿勢と口跡が立派で、目が精悍で良かったわよ。」とかえって不人気を不思議そうにしていました。
私が「義経」「義経」と騒ぐので又テープを借りて、見てくださったらしい・・・
メールには、

『先週、はじめて 義経 のテープを見つけてわくわくしながら楽しんで
観ました。  ワタリテツヤさん 素敵!彼の演技を見たのも最初でした。
女優さんたちの顔は 皆おなじようで見分けがつかなくなりました。
細川ちかこ、京まちこ なみに個性がでてくるのでしょうかねえ、後々。
原節子、岸恵子もよかったですね (古すぎる?)』
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2005/4/3 日曜日

朝は蕪のスープでリフレッシュ

Filed under: 料理 — patra @ 0:28:07

来週から息子夫婦が一時帰国するのでしっかりと食べて体力を補わなければ・・・

蕪のスープ

フィスラー社の圧力鍋は,軟弱な私には重たく感じるけど、使い勝手は飛び切り良い。
煮えるのに時間ばかりかかった今までが嘘みたいに根菜類が・・・たったの3分〜5分で柔らかくなる。
早速、大好きな蕪のスープを作る。
長葱2本(4cm切る)と蕪、(二つ切り)にカップ500CCの水と同量の牛乳、コンソメ2個、塩、胡椒をし蓋をして強火、圧力弁が上がってから3分で出来上がり。

柔らかく美味しい。牛乳の膜が見た目を邪魔するのでフォークで除け、刻みパセリを散らして
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2005/4/2 土曜日

コックピットキッチン

Filed under: 日々雑感 — patra @ 0:40:16

台所、鍋

せまい!
母の為に直した台所、これで3回目です。スペースはブロック建築なので拡げられません。

お米缶

奥の缶に野菜カッターや調理機具が納まってます。

手前は米びつ、発芽玄米も。

流しに大きい俎板を渡して糟床の桶をおいて・・
手前に白い俎板と包丁。

糠みそ桶
雑巾、棒雑巾はドアの外に吊るして・・

台所蒼い時

ドアの外に洗濯機、洗濯屋さんに出す物を収納する引き出し
食器洗い機の手前が生ゴミ入れ・・此れが有るので食器が洗えません。
図書館用手提げに借りた本を忘れない様に入れます。
分別ゴミ箱

バケツには白滝や蒟蒻、山芋等を。手前はゴム手袋入れや掃除用ブラシ、スポンジ等入れ。
まん中は大容量のビニールゴミ入れ、上からポイ!の優れもの。
手前はドイツ製スチールの分別ゴミ入れ2段、上が新聞、下が缶ビールゴミ。

棚

混乱
毎日このありさま・・・
料理によってはお皿をのせるためにブレッド缶の蓋を把手が邪魔にならぬように
ひっくり返します。そこに切った野菜の笊が乗ったり・・・

毎晩夜中に調理して、カタズケて朝は暖めるだけ・・
渾沌の台所です。

まさに人生の四耐、あきずに繰り返すアトカタズケです。
それでも花を飾り、綺麗に磨き上げたお鍋に幸せを感じて暮らしていました。

2005/4/1 金曜日

少年の心を持つ老人J.J.

Filed under: 人物 — patra @ 0:14:58

映画通でジャズ通、ミステリー通で、徹底的にダンディな植草甚一さんの事なら高平哲郎さんや矢崎泰久氏がいちばん詳しいのだろう。明日、2日『新宿・Jazz・植草甚一』と題した講演と『サブカルチャー雑誌と植草甚一』という講演が紀伊国屋ホールであるらしい。

でも自慢しちゃおう!・・・私はその当時、若者に神様、と崇められていた植草甚一さんに、氏が60才にして始めて行かれたニューヨークで、お土産に購入したらしい、リグレイのガムの包装紙を印刷したビニール製のベルトを2本も頂いてしまう、という光栄に預ったのだ。当時住んでいらした経堂のアパートメントへ、仕事の依頼で、アートディレクターと一緒にお尋ねしたことがあるのだが、残念ながらその企画は氏の意図には添わなかったものらしく、その場で丁重に断られたのだ。・・かわりに、と、そのベルトをいただいた。(既に母親で大人だったにも拘らず、三つ編みお下げ髪にしていた私からきっと植草さんは、頼り無い高校卒くらいに思ったのでしょうか、孫に話すように何度も、分かる?というように振りかえり、それはそれは丁寧に対応くださったのを覚えています。)

昭和49年頃の話です。
調べたら父より4才、年上でした。
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