猫絵の表紙展・・
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モデルはクララ
雨もおさまってきたみたい・・・場所によって降りかたがちがうのでしょうか?豊な恵み、と雨を喜ぶ人がいて、雨か!とがっかりする人がいる
だからおもしろいよね、世の中は・・・と独り言クララ。
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雨もおさまってきたみたい・・・場所によって降りかたがちがうのでしょうか?豊な恵み、と雨を喜ぶ人がいて、雨か!とがっかりする人がいる
だからおもしろいよね、世の中は・・・と独り言クララ。
しばらく音信がなかった友人へ電話を入れたら、私へのメールの返事が無いので反対に心配されてしまった。またスパムに混じって読まないでゴミ箱にいれてしまったらしい。目が裸眼では限界なのかな?普段,眼鏡をかけていますが、あれは伊達なんですが、いよいよ老眼が進んだのでしょう。件の友人も頑健な体力に依存し過ぎていたようで、春の検診でついに糖尿病が発見され、検査入院していたそうです。何も知らずにごめんなさい・・・と言った時「メールで知らせたよ、返事来なかったけど」に大慌てしたわけです。そして新聞でニコルの松田氏の訃報・・我々世代が、せねばならない覚悟の年令になっているという事です。
ニコルは大好きなブランドでスタイリスト時代も御世話になりました。エレガントなのにキッチュな部分を併せ持つ大人スタイルが特に好きでした。ジーンズやチノパンツの代わりに ニコルの皮で出来たつなぎを仕事着に愛用してましたが未だに捨てられず大事にしています。カビちゃうのが嫌で部屋に年中下げっ放しが若さのなごりのようで。
サザンの桑田さんが。活動休止するのも頷けます。より良くいきるための休暇はひつようでしょう。
件の友人は優等生な食事療法で数値が劇的に改善しているそうです。良い人材を靴の装具屋さんにご紹介いただけたようで、その行動力にいつもたすけられています。 まだ大丈夫、と思っている40代のみなさんも過食大酒はご注意くださいね。結局、節制する生き方でこそ輝くことができるのかも・・・水谷豊選手のように。
たぶん共通のお友達のミカさんからのお知らせだとおもうけど見覚えのある文字のハガキが届きました。陶芸家の福島さんの個展が銀座、「ギャラリーおかりや」で開かれるようです。03−3535−5321
東京都中央区銀座4−3−5 銀座AHビルB2f
5月21日から26日まで、今週の水曜日からですね。最終日26日は5時までです。
私は福島さんの陶器が大好きです。ホントは大きい大胆な器が欲しいくらいです。が、重くて多分持ち上げられないでしょう・・とのお返事でした。うむ、それはそうだ。私が持っている彼女の作品の花瓶、小振りでも結構重い。なので割れたら恐いので使えないでいる。でも持ってるだけで心が豊かになる器です。刻々のぐい飲みは今回は出ているかな?ぜひとも追加したい。会場で実物をぜひ見てほしい作家さんです。お薦めです。
先週TVでおなじみのタレントが大推薦していたのでローストビーフをお取り寄せしましたが、こんなに味のない肉はうまくもなんともない。
塩ダレも・・全く!がっかりしました。母には私のインゲンの茹でて斜めに切ったものへ豚キムチ(日本酒と味噌、キムチの素で漬けこんだ)を載せた何時ものお惣菜の方が断然、美味しいといわれてしまう。たま〜にでもやっぱり自分で焼くローストビーフの味を大事にしよう!と思った日。新じゃがを茹で今夜はバターもつけずにシンプルにお芋の味だけ楽しみましたが、これが実においしい。トマトも素材だけ、素材が良いと何もしなくとも舌が喜ぶのにね〜
ここの和室は天井に葦(ヨシ)が貼られています。昭和36年当時のまま枯れ切った葦はよい風合いで趣きがある。客間だったココを本来の姿に戻したいのですが、家族が少なくなった今でも1階のこの部屋が客間に戻ることがない。いつに成ることか・・・
天窓から下がっている一枚板は、父の意匠では床の間のつもりらしく,新築当時は床の溝には玉砂利が敷き詰められ藤の花の大鉢が置いてありました。玉砂利を水で洗い敷き直すのは私が嫁に行くまでの役目でした。炉を切る予定で炉縁も用意されていましたが、いつも誰かの避難場所になってしまう部屋で、今は私の寝室です。天井の葦にあわせ両側に葦戸をつくれば完成するはずの部屋・・・あるべき姿に戻るのは何時のことでしょうか。黒い壁と天井は私の指示で20数年前に塗ってもらいましたが、ふしぎに落ち着く部屋になっています。結婚するまでは息子の勉強部屋でした。
避難場所といえば安保闘争の大昔、警察に追われ,家の駐車場に逃げ込んで車の陰に踞っていた女性が居た。母に助けられ泊まっていった部屋もココ。学生運動の闘志だったのだろうが、どこの誰かも名乗らず朝には姿を消した件の女性は、50過ぎの貫禄おばさんになっているはずである。今はどんな天井の下で安眠しているのだろうか。
後で報告を聞き、驚いた私は母をたしなめた。世間は母のように素直で呑気な人ばかりとは限らない事を。ご主人の元から家出してきた遠縁の御婦人も、長い間、居候していたことがあり家族が非常に迷惑をした事もあった。 どんな時代もこの葦の貼ってある天井は、姿を変える事なくそのままだった。
浄玻璃というモノがあるとしたら,私にはこの葦がその鏡に思えるのです。我が家の喜びも哀しみも人の心、すべてを映し出す閻魔大王の鏡、浄玻璃に似た天井。暗がりで目をみはり葦の声に耳澄ますこと何回も・・・映し出されることなど何も無いけれど、父が自分の母親のために用意した部屋だが。なぜ葦を天井に貼ったのか?きいておけば面白かったのにざんねん。
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