2007/8/5 日曜日

万事窮す…骨を折る

Filed under: エッセイ,骨折日記 — patra @ 0:43:42

息子がパリ帰国前日、下でお別れ会食する前に一風呂浴びた後、浴そうのへりから滑って腰椎圧迫骨折をしたのは1月、胆がつぶれるほど驚いたが落ち込んでいる息子を励ます為にも私は気丈に自然体を装いました。息子は大事な仕事を抱えている最中なので緊急入院はとりあえず伏せることにして仕事優先、病室から懸命にパソコンに向かう事になりました。病院へ日参するお嫁さんのためにご飯を用意して帰りを待つしか能がない私でしたが、やっと退院の運びとなりパリ帰国寸前の慌ただしい2月10日に事故は予期せぬ形で再度、私の身に起きてしまったのです。

土曜日の朝、母はいつものショートステイからお迎えが来てイソイソと出かけてしまったので、腕まくりして張り切った私は大掃除をはじめました。
2、3日続けて友人が来る予定だったので料理を仕込み次いでに事務所へ掃除機を運び徹底的に掃除をし終えホっとしつつ自分の部屋までエッチラと戻したところで燃料切れか?、いつもならコードを必ず巻取るのですがちょっと疲れたし母は居ないし・・・そうだ!アイスクリームをお八つに食べようっと!そのまま掃除機を中途半端に廊下と部屋の境においたまま台所の冷蔵庫へと突進したのです。

残っていたのは紫芋のアイスです。私の大好きなエコールクリオロのアイス・・綺麗な紫色!ん、写真を撮ろう!と閃いた瞬間は上機嫌の笑顔だった私です。自室のパソコンの前からカメラを掴み振り向きながら「お皿は何にがいいかな・・」その一瞬の後に私の足が何かに引っ掛かり強く引っ張られると共にカメラが放り出され両足に嫌なブリ・・という音と激痛が走り身体が狭い廊下で捩れるように倒れたのです。叫びましたとも。しまった〜〜!!後悔先にたたづです。

その激痛たるや表現を超えています、火花が散る感じか目が飛び出す感じ..足が曲がったままではどうにも痛くてならないので自力で伸ばす時は一人を良いことに絶叫していました。いくら叫んでも1階には猫しかいません。電話口まで這おうにも、もう二本ともピクリとも動いてくれません。指の先まで痺れて腕にも手にも力がまったく入らないのです。胸の動悸だけが喉元にひびき脂汗まで滲む始末。
階段リフトの鋼鉄の土台を見事に除けた倒れ方に我ながら感心しつつ何とか助けを呼ばなければと首をまわし見る。

「うお〜ぃ、ごめんよ〜クララ〜、チップちゃ〜ん・・フミちゃ〜〜ん」3階では3日後に事故で延期になっていたパリへ戻る準備でいそがしいはずです。でも叫ばずには居られません。痛いし救急を呼ばなくては尋常じゃないのは自分でも解るからです。
三時から40分くらいお嫁さんの名前を呼びつづけていたでしょうか?猫たちは怖がってベッドの下へ潜り込みジっとしています、私は心の中でシマッタ!失敗しちゃった!さてどうしよう?を何度も反芻しながら・・・ひたすら名前を呼びつづけていたのです。

カタン!と音がして頭の上のドアが開きゆっくりとフミちゃんが顔を出した時は「ごめんなさい、やっちゃった〜」
でも地獄で仏、これで助かる!とホットしました。
救急車をすぐ呼ぼうとするお嫁さんを兎に角一旦制して、ベッドカバーをまず直していただき押し入れからボストンに詰めた病院専用バッグを出してもらい歯をうがいしてから地震バッグも掴みOKのサインをやっと出す見栄っ張りなお姑さんに素直に従ってくれるフミちゃんが実にありがたかった。

私を運び出す救急隊の皆さん総勢6人は大騒ぎでした。両側にクローゼットを置いた狭い階段下の通路にくの字にすっぽりハマり込んで倒れている怪我人を担架に乗せるのも出すのも大ごとだったからです。おまけに痛がるのも人の倍以上の大声ですから、でもほんとに痛いんだって!と叫ぶと隊長さん「そうでしょう、こりゃ重症だもの」にがっくり。

家具をどけ椅子をどかしやっと救急車の中に運ばれた時は帰国前の息子達にとにかく迷惑をかけては済まない!それしか頭にありませんでした。
1月2月と親子で怪我していたのではあまりにフミちゃんが気の毒だし、更に息子は落ち込むだろう・・・と。

結構短い距離を走行し着いた病院は全く知らない飯田橋の側。逓信病院だそうです。その時、土曜の宿直で看てくださったのは整形の部長先生でしたが相当に怖い印象の方でした。

自宅で両足折る間抜けな私をイヤってほど脅し「もう寝たきり老人になっちゃうよ」の大声にフミちゃんは吃驚して涙ぐむ始末、レントゲン室に向かう途中、私が懸命にお嫁さんを励ますというあべこべ振りでした。担架を押してる看護婦さんがとっても美人で救急隊のお兄さんがハンサムなのもしっかり横目で把握しつつ、でもレントゲン台では大騒ぎしながら写真を撮っていただきました。ズボンもタイツも鋏で切らなければ何処も動かせない完璧な右大腿骨複雑骨折、左下肢骨折との診断を頂いたのでした。

先生を驚かせたのは私の既存障害であるミオパチーの種類が手術を難しくさせる類いのセントラルコアだと大変だと言う点と完全に復活するのは筋肉の問題から困難だろうとの判断でしょうか、
「東大に知ってる先生がいるならそっちに何故行かないの?大事な事だよ!!」

厳しい言葉しか出てきません。キョトンとしてる私に向かって「君は事態を少しも分かっていないね?大変なんだよ、寝たきりに成っちゃうと家族も覚悟しないといけないし笑い事じゃないよ。血栓とか起きるしさ、脳に出来れば脳硬塞だし心臓に出れば心筋梗塞だ・・」怖い例を山ほどお話になる。もちろん分かってはいるけれどダメな気が全然しない私はあまりの剣幕に怯えながらも顔は笑う、という心理状態に追い込まれてしまって困りました。吠えるのを止めた先生は「入院して手術するかい?大部屋でいいね!」やっと言ってくださった。
すると看護師が「先生から7階の婦長さんに電話してください」「なんで俺が一々電話しなきゃいけないんだ_」「決りですから」「ん?あ〜もしもし〜・・・」

何だろうこの江戸っ子口調の先生と大威張りな看護師のコントラスト!?、私は大丈夫なんだから、と不安は一切消えていました。7階に運ぶ途中も救急隊の人達にお世話になりっぱなしでした。何しろ両足ッてことは何処を持っても痛がるので看護婦さんはびびってしまうのです。救急隊のお姉さんは私が思ったより元気なので「タンスのガラス器に入っていた綺麗なモノはなんですか?」とも聞いてきた。長い廊下を運ばれながら「あ、あれはパプリカのマリネよ」「美味しそうでしたね、少しタンス退かす時零しちゃったんです。すいません」等と世間話しをしながらガラガラと慌ただしく病室へ運ばれました。皆の視線が刺さる新入りの乱入です、首を挙げて見回すと80お婆さんばかり、うわっ、ここでもお婆さん連とのお付合いっ?でも宜しく。

真っ青な顔をし付いて来てくれたフミちゃんにお礼を言い[私は絶対一人で大丈夫だから途中で帰ってこようなんて思わないで欲しい」と言い添え手をしっかりと握りあった。

しかし
参ったな〜と思いながら・・・

  1.  ずいぶんと、リアリティーのあるエントリーですね。
     ですが、入院・治療を経て、こうやってエントリーを書けるようになるまで、リカバリーして、何よりだと思います。
      
     ご家族に恵まれて、これもまた、何よりです。

     本当に。

    Comment by 酔仙亭 — 2007/8/5 日曜日 @ 22:11:23

  2. 酔仙亭さま
    ハイ、リアルに描写してみました(笑)
    救急で運び込まれると其のまま入院できるのは幸運なほうだそうですね。

    全く一人の時だったら・・・
    こうして笑っていられないでしょう。
    復活できて良かったと思ってます、本当に。

    Comment by patra — 2007/8/5 日曜日 @ 23:32:30

  3. もう〜読んでいて、涙が出たり、不謹慎にも笑ってしまったり・・・
    (奇麗な看護婦さん、ハンサムな救急隊のお兄さん・・・のところ)
    大変な思いをしたのですね・・・
    足2本使えないのはどんなに不自由なことだったでしょう・・
    子供さん達に迷惑をかけない・・・気丈なpatraさんです。
    今だから書けることですよね〜
    でも復活できて、本当に良かった!!

    この後、続きがあるのかしら??
    楽しみにしています。
    お大事にしてくださいね。

    Comment by sakura — 2007/8/6 月曜日 @ 4:11:53

  4. sakuraさま
    笑っていただけました?実際も深刻になるより可笑しくなっちゃうことばかり
    私の周りでは起きました。人生は悲劇よりも喜劇じみている!の感を強めました。
    ・・脚両方使えないとつまりどんなマッチョな運動選手でも腕の力だけで身体を浮かさないと、これって体操選手の鞍馬よりも大変、出来るはずないじゃん!とグレてましたら、先生が骨折前に出来なかった事は無理、しなくて良いよ!と言っていただいて大安堵しました。

    左脚が床につけるようになったのも2ヶ月は過ぎてからでした。
    リハビリ室に憧れの先生が居ましたが私の担当じゃないので泣きました。
    笑い話は続きますよ♪

    Comment by patra — 2007/8/6 月曜日 @ 14:40:20

  5. そんなことになってたんですね。心配しましたよー。
    ご病気かなとか、色々悶々と考えて・・・。

    大変そうですが、なんとかご無事でなによりです。

    私は、会社の非常階段でこけて左足ヒコツ骨折して
    二ヶ月入院しましたので、自分がリンクして思い出されます。
    私は片足だけで、今から10年前なので若かったから
    治りも早かったけど。

    同室に65歳の方がいて、同じ骨折だけどぜんぜん違うわねえって
    おっしゃってたことを思い出します。

    私は6月に捻挫して、一週間安静で家から出られず、松葉杖でした。

    ぱとらさん。くれぐれもお気をつけて。

    お互い気をつけましょう☆ご無理なさらずに!!

    Comment by うい — 2007/8/7 火曜日 @ 1:07:51

  6. ういちゃん♪おひさしぶりです〜

    こんな事になってました!(大汗)
    若い時の骨折で良かったですね、そして又捻挫だったのですか?それは疲労が溜まっていたのでしょう。足は本当に健気だから大事に労ってあげないといけませんよね。
    入院中、若い人がスケボー等で骨折し入院してましたが骨が付かない人がいました。
    老人でも早く付く人と若くともダメな人・・・血流によるそうですよ。
    私もベッカムのやった超音波治療を希望しやっと骨がついたのですが出来れば手術後すぐにやっていたらもっと早くついたのでは?と悩みました。
    丸3ヶ月はかかってしまいましたから・・・90才だと6ヶ月は掛かるそうです。
    とにかく注意しましょう、しっかりと掴まりながら歩いてま〜す。

    Comment by patra — 2007/8/7 火曜日 @ 11:46:08

  7. 僕が怪我をしないで予定通り1ヶ月前に居なくなっていたら・・・と想像するだけで恐ろしいので必然だったのかも。
    それにしても1階でどんなに音をたてても3階にはちっとも聞こえず(逆もまた真)フミちゃんがおつかいのためにドアの前を通りかからなかったら気づかなかったわけでそれも問題。
    膝の関節が突然外れてしまった若い友人が言っていた「ひとり暮らしの皆さん、くれぐれも携帯電話は肌身離さず」に実感として同意。。。

    Comment by kyo — 2007/8/7 火曜日 @ 13:52:33

  8. 仏師の安田さんに勢至菩薩の観音像を作っておいていただいたお陰で全てが必然,収まるようになっていたのでしょうか。よい経験をしたと思ってます。
    今日もケアマネジャーさんとお互いに出会えたことが天の配剤のようね、と話したとこです。
    その携帯ですが、我が家では何故か圏外・・・と表示されてしまい役に立たないのが困りものです。お隣と我が家の1階は調べてもらったらダメでしたよ。
    もっと性能の良いのは無いのかしら??

    Comment by patra — 2007/8/7 火曜日 @ 23:41:04

  9. ではお茶の間の電話機をコードレスの子機付のものに変えましょう。
    僕が使っていたFAX電話のコードレス子機は古いため大きかったけど家中どこでも問題なく繋がったので。今どきはもっと小さくて持ち運びやすくなっているはず。

    Comment by kyo — 2007/8/8 水曜日 @ 11:44:49

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