2005/7/29 金曜日

古漬け、夏バテの薬

Filed under: 料理 — patra @ 7:38:20

古漬け

お茶漬けを食べるのが暑い夏には美味しいものです。糠味噌の古漬け、胡瓜と人参の微塵に生姜を入れて冷蔵庫で冷やしておきました。

芽昆布に梅干しの漬け汁を入れてみたらこれがサッパリと美味しい。

冷蔵庫でひからびたチリメンジャコも成敗しなきゃ〜・・

いそいそとお釜の蓋を開けたら・・・ご飯が無かった!

炊き忘れ。

昨日は疲れ果てて寝てしまったのを自分でわすれてた。

で、お弁当と一緒、でも古漬けがあるだけでビタミンが身体中に回った気分がします。

こんな時の非常用、さとうのご飯とお赤飯を、また買い置きしなきゃ。


2005/7/28 木曜日

植田正治さんの写真

Filed under: 人物 — patra @ 1:03:49

一番好き、といっても過言ではない写真家は鳥取の砂丘を映す植田正治さんだ。
そのモノクロでシュールな写真を大昔習っていた絵の先生に連れられて二科展で見たのが最初のはずだ。ぐるっと見て回った絵画よりも自分は写真の方が好きかもしれない、という漠然とした思いを抱え写真の前に立つ私へ決定的瞬間になるくらいインパクトが強かった。

曖昧な記憶力で名前をはっきりと覚えられなかったが、その後、カメラ毎日や芸術新潮などの特集を目にする度に「そうだ、この写真が好き!」と強く思いつづけた青春がある。

隙のない構成力で砂丘に配置される人物の絶対的な立ち位置、落とす陰、さしだす帽子、割烹着姿の御近所の夫人方のかざす黒いこうもり傘のシュールな対比、この美しさはファッションを遥かに越えて強く見るものに迫ってくる、どの時代から見ても新鮮さに驚かされる。

去年、息子から「植田正治さんという写真家を知っている?と聞かれた時、「確か砂丘を映している方だと思う、下の名前はおぼろだけど素晴らしい写真よ、1番好きかも知れない」と再度答えた。
息子から知らされたサイトを確認した時、今度こそピッタリとお名前と作品が一致した。
不思議な御縁をいただき息子はパリで植田さんのお孫さん仲田薫子さんと御会いしたそうです。目下植田正治氏の回顧展はスペインからヨーロッパを3年かけて廻っているのだそうです。
強く「好きだ」と憶い続けると時空を越えてこんなに次世代同志へのチャンネルが開くものなんですね、と改めて感じ入る。

私のスタイリスト時代の先輩、高橋靖子さんが、やはり植田さんの写真を幼少時によく見ていた、と書いていらしたので、あぁ・・時代が同じなのだ、とその共通性を喜び、続いて飼い犬君の名がココ・・・に更に驚く。

名前の由来はきっとココ・シャネルかしら?私の亡くなったココ猫はシャネルからです。多分シャネルの服は一枚も持たない私達、でもきっとシャネルの生き方が好き・・・。時代の放出するエネルギーを、様々にキャッチしながら高橋靖子さんに出会った事で広告の道に入った私です。
アシスタント同志が親友という楽しいおまけも、現役の頃はもちろん今も雲の上のお人でありますが犬好き、猫好きという違いは今だ現役、片や隠居暮らしにも顕著です。

永遠不滅の植田正治氏も犬好きに違いない。
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2005/7/27 水曜日

夏の食卓と えりか桃・・・

Filed under: 料理 タグ: — patra @ 5:35:41

枝豆とグラス

冷たい水がご馳走の夏・・・

夏のテーブル

トウモロコシが柔らかくて、甘くて美味しいので皺がよらないように、電子レンジじゃ無く、ちゃんと茹でて玉村豊男さんの絵皿に・・・
食べ終わってもトウモロコシのリアルな絵が残ります。こんな事が楽しいのです。

カジキマグロのスティク

スーパの変わり映えのしないカジキマグロの切り身。さて何時もは、和風に照焼きで食べるのですが、夏向きに細くスティクに切り、塩、胡椒と小麦粉をまぶしてからコンガリとフライパンで焼く。

ドレッシングソース
ソースは・・・
刻んだタマネギの微塵に辛子とマヨネーズ、ウスタ−ソースにピーナツバターとニョクマム少しでベトナム風・・・つけ合わせの野菜は粒胡椒入りドレッシングでさっぱりと

フィッシュ&チップス(胡瓜と冥加がチップスの代わりだけど)風に・・
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2005/7/26 火曜日

猫用ミルク

Filed under: 日々雑感 タグ: — patra @ 4:27:57

猫のミルク

まだココにゃんが元気だった頃、わびすけフミちゃんが、パリで買ってきてくれた猫用のミルク。
蓋にかわいい、猫ちゃんの足跡も印刷されているのですよ〜。

底から中身を抜いて永久保存です。

今日は大型台風が来るらしいのでちょっと雨が心配です。


2005/7/25 月曜日

29回、母の想い深し・・・

Filed under: 大河義経 — patra @ 2:04:15

天分は母親業にこそあり、と自認している隠居には今回の常磐さまとの別れのシーンは胸せまる想いがして・・不覚にもハラリと涙しました。所作の何処をとっても表情のどれを映しても美しい稲森常磐、気品溢れる演技でしたが無理に現代劇などで悪戯な浪費をせづご自分の天性を大切になさってください、と心の中で祈る。稲森さんの常磐無くして「義経」に流れるテーマ、親子愛、女人の逆らえぬ運命、深い哀しみ、諦め、どれもがこんなにも美しい姿(写真ありがと)で観る側の胸に迫る事は無かった事でしょう。

義経への愛を病身をおしてまで伝える常磐の陽炎のような優美な姿、お見事でした。
それにしても「永きに渡り、お護りいただき、久郎心よりお礼、申し上げます・・」と頭をさげる義経さん・・・そうか女親の愛が深すぎるとこのような純情一筋、甘い殿御を創ってしまう嫌い在り?義経さんの弱点はあまりにも愛され護られ過ぎて来た為、人を信じる力が逆作用して迷いになってしまうのね。優柔不断男は母親の愛の注ぎ方に責任在りか?、注意しよぅ(笑)。
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