2005/3/10 木曜日

お山の杉の子、

Filed under: 未分類 — patra @ 3:43:03

「このお寺さんは緑が多くていいですネ」と散策で訪れる方に言われることが時々、あります。「そおいえば、うちにはどんな花や木がどの位あるのだろう」ちょっとひと廻りしてみましょう・・・・こんな書き出しで親戚の寺院から毎月とどけられる月報に、庭にある樹木の名前が列記してあった。

”門前の掲示板の左端しから順に青木、梨、ツツジ、柾、椿、赤芽カシワは大きく丸刈りです。門を挟み黄楊、万年青、古くて大きい丸刈りのツツジ、そしてドウダン満天星。本堂に向くと目に入るのが桜(当院には桜が11本あり皆、樹齢65年くらいです)。その傍にツゲ、青木、擬宝珠、黄千両、水仙、さらに蜜柑、槙、シキミ、椿、銀杏の大木、コデマリとつづきます。見え難いですが紫陽花、細い檜も5本並んでいます。

延命地蔵大菩薩像へ視線を戻すと銀杏、青木、満天星、クチナシ、山茶花、馬酔木、ヤツデ、古木の檜とシュロ、萩、地蔵群の辺にはツツジ、沈丁花、龍の髭、水仙、時鳥草、水引彼岸花、芝生の中にはネジリ草を見つけることができます。

玄関へ向かうスロープの右手にはヒマラヤ杉が有ります(背が高すぎて、気づかない方もいらっしゃるのでは)。根元にはオモトの株が並び、小さな南天もあります。スロープの左手には大きい黄楊、牡丹、サツキ、ツワブキ、センリョウ、マンリヨウ。玄関脇に大きい棕櫚竹が並び、葉蘭が植えてあります。墓地の入り口には大きなコブシ辛夷の木が有り、葉が繁ると雨よけになるほどです。・・・今回はここまでに・・”


私は一気に読みあげて、深く息をつきました。母の妹、叔母のお寺です。東京の目黒にあります。44種類以上の樹木、知らない木が沢山あります。見事に繁るお寺です。

なぜこの樹木の名を私までがここに列記したのか?。実はこの桜の樹齢65年に目がとまったからです。
昔から緑が一杯だった訳ではないのです。終戦直後の何もない赤土の広い広い境内を横切り母と共に訊ねた子供の頃を思い出したからです。幼稚園児が泥んこになって遊ぶだけ、何も無い頃の倹しいお寺を知っているからでした。
木々はほとんどありませんでした。風に赤土が舞っているような殺風景な景色も思い出されました。

今日、3月10日は東京大空襲があった日です。10万人も焼夷弾で亡くなった日です。
60年前に丸焼けになった下町で私も両親も被災したものです。そんな東京を緑いっぱいに甦らせたのは、諦めないで立ちあがった市井の人々の努力なんだなぁ・・・と改めて思い出すことが出来たのもこのお寺の月報、樹木便りからです。

桜を植え、柾を植え、辛夷を植えて行く努力、先先代の御住職、先代と叔母、そして今の御住職や庭を護る人々の熱意があってはじめて、人を癒す緑になったのだもの。
樹木にくらべ日本は成長したんだろうか

終戦当時、「お山の杉の子」という唱歌を習った。丸裸のお山に成長の早い杉の木を植える運動が、昨今の杉花粉騒ぎを招く原因に成ったのだが、歴史は常に「性急さ」を戒めているように想う。
見事なバランスで物事が育つにはゆったりと流れる時間が不可欠なのだろう。くわえて幾種類もの雑木、自生の木を数種類まぜる事で森が甦ると聴く、このお寺の庭木の雑多な種類がなんとも愛しい。

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