2011/3/25 金曜日

砂漠仕様のクスクス

Filed under: 料理,日々雑感 — patra @ 0:21:34

IMG_2574高層難民という言葉を生み出したこのブログを読んでも分るように、今回の地震は東京も或る意味では被害が有ったと思う。原発の事故によって計画停電や水、食糧の不足、流通の混乱などは
目に余った。しかも乳幼児のミルクに放射能に汚染された水道水は使うな!と政府が発表しておきながら翌日は大丈夫と言い換える有様だ。これではこの先も政府の見解発表を誰も信用しないだろう。

仕方が無い、市民レベルで情報をしっかりと分析しましょう。

君は青虫か?と言われるくらい緑の葉っぱ類を食べる私は、この所大不満である。
スーパーにホウレン草からブロッコリー,パセリや春菊が消えそうだ・・・農家が捨てているしね。
チャンスとばかり、インゲンの冷凍を大量袋詰めしている中国の映像が流れた。
待て待て!この国の農産物の殺虫剤汚染はどうなったのですか?何一つ根本解決を考えないで小手先の輸入を考えてもらいたく無いです,大手スーパーさん。

高層難民な上に障害の一人暮らし、これで青い葉っぱ類や水が駄目となったら・・・
ヴェドウィン族になったつもりで生きるしかないかしらね。一掬いのクスクスにコップ2杯の水・・・砂漠に生きる彼等からサヴァイヴァルを学ぼう・・・マジです。


2011/3/24 木曜日

考え中2

Filed under: 日々雑感 — patra @ 18:10:10

IMG_2576何か大きい間違いをしてる感を否めない・・・と思っていたら友人のtwittesを見て納得しました。
フォローされた人を全く知らないのにフォローを返していたせいか
面白くも何とも無いタイムラインに我ながらメゲて居た。そうか,情報は自分で取捨選択すべきだった。

・・・というかやっぱりブログが好き。


考え中・・・

Filed under: 日々雑感 — patra @ 17:50:56

IMG_2573言うまい、と思ってもやっぱり黙ってられない・・・この非常時に買ってみた子供、低学年の多分幼稚園生の冷凍のグラタン。可愛い紙ケースにレイアウトされてます。
これはお母さん、特に料理下手には便利です。時代はどんどん便利になるのね〜と好意的にながめてから・・・パクリ!味は、一口だから何とも言えないけど見た目は奇麗・・・ただ食べ終わると容器の底に占いの言葉がプリントされてました。びっくり。

意味の無いお遊びの言葉だけど。
・・・
ハンカチと靴下の色をあわせるとラッキ−とか背の高い人がミカタになってくれそう・・・
等等がひらがなでプリントされてました。
商売という事の凄さをみた思い。これスーパーの人が選んで入れてくれた商品ですが私は孫が居ないので知らなかった。良いとか悪いとかじゃなくて本当に驚いちゃったのですよ。何にお金をかけるか?ということを考えると・・・ねえ?中身はほんとにお粗末でしたから・・・

お皿の中は冷凍焼きおにぎり、スクランブルエッグに2個のお子様用グラタン、海老とハンバーグ、どちらも小指の先きぐらいの大きさでした。ノリ状のグラタン。驚き初体験。


2011/3/23 水曜日

ボレロ

Filed under: 人物,家族 — patra @ 23:52:03

日本公演でボレロを踊り、引退したシドニー・ギエム、群像は東京バレー団


ボレロ

Filed under: 人物,家族 — patra @ 22:17:42

シルヴィ・ギエム、もっとも美しい踊り手のボレロ・・・
本日,パリ時間の明日は息子の誕生日です。月日の経つのは恐ろしい、知らぬ間に立派なオヤジ世代後半へ。どうみても学生のノリの二人なので子供扱いばかりしてしまいがちだった。

この難局に日本に居ない彼等にお祝いのしようがないので「ボレロ」の動画を贈ります。
これは亡き母の大好きな曲で、もっとも母はジョルジュ・ドンのダンスがお気に入りだったが、私はこのシルヴィの群舞の振り付けがダントツだと思うので・・・これにします。

母の墓地への埋葬を今回の東日本大震災の為に取りやめました。なんだか物騒過ぎて気持ちがストップしてしまったからですが、1番の理由は息子達が日本へ戻れないからでもあります。
お陰で池之端でゆっくり母の魂を遊ばせてあげることができますから、これはこれで佳しとしましょう。

何もお祝いが無くてすまない・・とメールしたら「無事に元気でいてくれることが一番の贈りものです☆」と返事があったので上のボレロを。

母の葬儀の時,生前からボレロをかけてね!と言われていたのにカセットはあってもラジカセを前の家に置いてきたので約束が果たせなかったのが心残だったのです。
この動画を見付けた時は嬉しかった。さっそく見せましたとも。考えてみると非常に個性的なお婆さんだった母。幼少期の息子を、猫可愛がりながらも,笑ってしまう無手勝流で忙しい私に代わって育ててくれたのが母だ。

交通事故にも逢った、沢山の困難を乗り越え未だ旅の途中の彼等に勇気と笑いが絶えないのはお婆ーちゃんの陽気な精霊のおかげでしょう。


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