2004/10/5 火曜日

みつけた

Filed under: 感想 — patra @ 1:17:03

さいきん見つけて気になる何処の誰だか知らないけれど運ぶ空気がくせもの・・・論客かもしれない。(笑)

ここの名言集に有る、ハンフリーボガ−トとココ・シャネル、それにジンジャ−・ロジャースというよりサン・テグジュペリの言葉、これ昔息子が私に教えてくれたな〜

ココ・シャネルの言葉につづきをつけるとしたら何を加えましょうか?ほら、長寿国になったから50歳過ぎた女の顔は自分の功績だとして60過ぎたら?
孔子は60にして化す・・・だった。70歳でわきまえろ!、だから女子はこれかな?

さっき、ジョージ秋山の漫画「武士道とは死ぬことと見つけたり」読みました。
「葉隠」から96の箴言を選んで彼流に漫画にしてます、どうも独特の解釈だわね、原文を読んでいると若干違うけど、秋山氏、練り上げる時間が足らなかったように思うのは私だけかな〜。カバーを外しました。題字だけが良かった。「伝習録」とか「葉隠」いちどは原文がおすすめ。

作家、山川健一さんの『幕末武士道、若きサムライ達』サブタイトルが「武士道とは愛することと見つけたり、日本人が失った大切なもの」が届くのを待っています。今度は近所の本屋さんで注文します。いよいよ赤い本も手に入れ『赤青』揃い踏みになるわけです。
読む時、カバーを外すほうが良いかも。


2004/10/4 月曜日

ごしょうかい。

Filed under: 未分類 — patra @ 0:18:13

私のココです。うしろは年金マッチョに出て来るショーンの写真の一部。ぶふふ。ココにゃんは美猫でしたよ、堂々として...。あんこが好きでした。
そんなことはどうでもよいけど若き日の森山大道さんのお話もここから読めます。
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2004/10/3 日曜日

ココにゃんが届く

Filed under: 友人 タグ: , , — patra @ 7:08:56

みさちんが描いてくれたココ 
愛する猫を亡くしてから元気が無い私は、ちょっと本気でめげていたんだと想う。
今までのように人と熱心に会話する、という事が億劫になっている。
去年の12月初め頃から父が退院するこの2月末までは気が張っていたのに、5月のココにゃんの1周期が過ぎても全然立ち直れていない自分を発見して更にメゲる。しかもここ数年で多くの友人を亡くしているから、一層の寂寞感がつのるのかもしれない。とくに高校の頃の頼りにしていた友人が亡くなって以来、約束だった残された奥様を電話で励まそうと受話器を取る度、ダイアルを回す前に涙が出てしまい、とても励ますどころでは無い。
猫ちゃんの死でも辛いのだ、まして御主人を亡くされているのなら、なまじな慰めなどかえって失礼だし、電話をするほうが泣いててどうする!と何時もクヨクヨと受話器を置いてしまう。あの励ましじょうずな私がこれだ...。
「夫の死後、まだ立ち直れずにおります。カナダへの散骨は無事にすませましたが・・・」ハガキの文字にもそう書いてある。暫くはそっとしておくほうが良いのだろうか。ぐずぐずしている内にとうとう半年も過ぎちゃった・・・。

そこへ昨日、大好きなネットフレンドからメールの絵が送られてきた。
私の昔のエッセイにあったココにゃんがピッタリと背中にはりついているベッドの上でマックに向かっているどうやら髪のまだ長かった頃の私だ!。お尻が台形になってます〜。

あぁ、こうした励まし方もあるんだな〜〜。
理由をつけて億劫になっている私だった。本来の私らしさ、まるで無くしているこの頃、そう気づかせてくれる絵だった。ありがとうみさちん。すごく嬉しかった。
今はちゃんと机に向かってココ椅子に座ってマックに向かっています。
髪は短いけど今風です(笑)両側にクララが椅子、チップがベッドにおさまっています。
繋がっていますねモニターのこちらと向こう。


Man oh man! イチロー

Filed under: 日々雑感 タグ: — patra @ 6:21:45

やったね!イチロー

わぉ!彼の守護星の日、2日、星の威力も応援してくれたにちがいない。
嬉しくなってシャンパンを開けた。ヴ−ヴクリコ、小壜だけど、これは去年、吐血するまで寝酒用のウイスキーを自分で買いにゆく習慣のあった父が、なぜだか私に買ってきてくれたもの。勿体ない気がして飲めなかった代物を二人ともイチロ−ファンなので仲良く乾杯。「凄いね、イチロー、うまいねこれ」
 
去年の暮れに倒れた時は、ちょっと大変だ、と思ったけど、こうして親子でグラスを重ねる事が出来るなんて奇蹟みたいです。
3ヶ月も入院していたのに、惚けもせず自力で歩いて帰ってきたのには、びっくりして胸が詰まった。それ以来悪い癖の寝酒と煙草をすっぱり止めたのですが元気の秘訣は?と聞いたら「TV」と一言・・・。
部屋のベッドで熱心に朝から晩まで食事に降りる意外は観ています、特に野球がお好き。高校野球の甲子園へは補欠で選ばれなかったのが残念だ、と口癖です。


2004/10/2 土曜日

歴史が隣に座るとき

Filed under: 感想 — patra @ 9:25:53

昨夜はまったく入れなかったので毎日更新にこだわって、ちょっと過激ネタの「笑い」についてのエピソードをUPしたら、「君って人は・・・!」とタイミングの悪さを早速息子から指摘されました。自由気侭じゃないと窒息しちゃうタイプなんですけど、一番恥ずかしいのは皆さんの中のイメージが膨らんで、何やら過大評価に???。歳だけ立派でも茶目子さんに過ぎませんので誤解のないように。

それにしても、読み難い文章を根気良く読んでくださった山川さん、誠に申し訳なくて、有り難い救世主のようなお方だ。私の気力の落ちているのを見事に察知なさいましたね。鋭い。

新選組、敗れざる武士達』堪能しました。母と奪い合いながら読ませていただきました。永倉新八は大正4年に没し、わが老母は1月生まれなので大正6年になります。年表を照らし合わせてゆくと時代とは、意外にも手のとどくような近さで呼吸していることがわかり、心躍ります。

母方の祖父は会津若松の僧門出です。小学6年生の夏、祖父は私たち一族を引き連れて飯盛山の白虎隊討ち死にの跡地にお参りした事まで鮮烈に思い出せました。
徳川慶喜が政治的には勝利していた、と言う山川さんの解釈も好きです。後年武士にお茶畑を開墾させた策など愚鈍では出来無いですね。慶喜の居た地(明治元年(1868年)静岡に移住して30年間閑居)静岡が私のエッセイ「たまご愛」の静岡なんだ、とか。五稜郭に家の子郎党、引き連れて山口から渡った長州の子孫が私の友人なんだな、等々。歴史書を読みこむ時には血脈の気配を回りに探し楽しみます。
バナナと牛乳だけで素晴らしいお仕事をなさいましたね、完全食だけど心配です...。若者にぜひ!と熱烈推薦の書です。
土方の辞世の句の解釈、山川さん、実にお見事です。
 
<たとひ身は蝦夷の島根に朽ちるとも魂は東の君やまもらん>

東の君...への土方の想いは官能的ですらあります。説明はいたしません、いいから読め!です、ね。


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