2004/10/14 木曜日

六本木スペイン村

Filed under: 時代 — patra @ 2:43:23

ついでにキャンティの横の道を下りていくと、くぼ地のようになった突き当りの所にスペイン村と呼ばれる西洋長家の一角があった。私の記憶していた頃、1973年代初めころまでは順番待ちで空室になるのを待つ入居希望者のリストで一杯だった。外観は白い漆喰壁も傷み建物事態はメゾネットタイプや一軒家等が点在、その窪地全体がどことなく異国的なのだ。

手入れをすれば、もっと童話的な美しい街の一角になるだろう、と想像力をかきたたせるのに十分なほど魅力的な集合住宅だった。「兼高かおる、世界の旅」という人気TV番組のレポーター兼高かおるさんも一時期住まわれていた場所だ。六本木、飯倉界隈を思い出すたびにキャンティ、、ジュン・ロペの2階にあった美容室田中親(パリで客死)の店と共に思い出す場所である。スペイン村ほんとうにお洒落がわかる人々の建物だった。ここへカメラマンの林宏樹氏が順番待ちをして短期間だけだが、念願の入居をされた。その情報を聞き付けるとお宅へ仕事にかこつけて訪問したことがある。

一目、伝説のスペイン村の内部、見たかったのが正直な所だった。外ドアを開けて急な階段を昇るとメインのドアがある。開けると別世界が広がっている。縦長の居間につづく濃い色の床板は頑丈で、壁紙の白い壁。天井から下がるアンテークのガレの照明。どっしりとしたドレッシングチェスト。ヴィクトリアンスタイルの長椅子・・・ゴブラン織りのカーテンどれを取っても溜め息がでるような、小物で飾られた部屋には何百万もするフランス人形が座っている。縦型の窓のせいでほの暗い印象を除けば、あの70年代に急激に流行り始めた、モダンなマンションより数段、私には魅力的だった。不便さまでがほんとにおしゃれだった。
アンテークコレクターとしても有名だった林氏は私のスタイリストの恩師でもあった。あらゆる美意識を、それこそ手取り足取り、氏から教えていただいたように思う。私の好奇心を察知されてか、右手のコレクションルームのドアも開けてくださった。一歩、中に入るなり私と助手の阿部ちゃんは目を見張った。小さい部屋なのに丸ごと展示室になっていた。

ぐるりと見渡し溜め息をつき私はやっと呟いた・・・
「ここは、音叉の部屋です・・・。すごいです、まるで音が響き合うようですね」「え、音叉の部屋?・・とは、また素敵な呼び方だね」と嬉しそうにご自分も部屋を見回しながら「そうか、オンサ・・・・か!」と林氏も呟いた。

アンティーク・レースに囲まれた窓のある小さい細長い洋室には、これも華奢なオークの飾り棚がずらっと並び、そのどのガラスのケースにも見事なラリックやガレ、そのほかありとあらゆるクリスタルカットのガラスのコレクションが飾られていたのだ。その膨大で見事な煌めきが今にもチリ〜〜〜〜リリンと、それぞれの音を共鳴させるようにかさなりあって・・・幾重にも震動するように聴こえてくる。
美しいもののためだけの部屋。目眩するような興奮が、勝手に私の耳には音叉の響きに聴こえたのだろう。なんとも贅沢でパラノイアな部屋。骨董の怖さまで一瞬に見てしまった私はその翌日から、サッパリと身分をわきまえたのだった。ガラスの崩れ落ちる瞬間、発狂するだろう己をも見たのだった。ほどなくスペイン村は1棟が取り壊され、現存するは3棟あるだけとなった。オーナーが貴族だったキャンティだけが、泰然と歴史を刻み続けているのだ。一代で出来る技でもないのが文化なのだ・・・。

ps
文中記憶違いが在り、スペイン村はまだ3棟和朗フラットとして残されているとの情報あり
ここに訂正とお詫びをします。


  1. まるで別世界のお話のようですね。
    しばし浮世を離れた気がしました。(^^

    文化というと、美輪明宏さんを想い出すんです。

    「文化は心の糧です。体に食事が必要なように、心にも芸術、美しいものが必要なんです。」

    そのようなことを仰っていました。
    この頃の日本人は、”粋”って言うものを忘れているのかも知れないですね。

    コメント by 変人です — 2004/10/14 木曜日 @ 3:35:29

  2. >変人ですさん
    今から30年も前の東京のほうが贅沢を味わえる雰囲気があった、と思う。それまでは余りに貧しい日本だったので些細な事が衝撃の美学になるんです。
    美輪さんにはパントマイムのヨネヤマ・ママコさんのレッスン場で御会いしています。86年頃かな・・・。文化という表現も曖昧ですが美輪さんの仰る心の中の糧としての文化は個々の努力でしか培われませんね。水のように大切です。
    一方政治としての文化はどうなんだろう。
    壊された正田邸(美智子皇后の御実家)のほうこそ残したいと思う私です。
    あらゆる時代の文化的建て物が壊されていくのを見ているのも辛くせつない。

    コメント by patra — 2004/10/14 木曜日 @ 4:39:19

  3. こんにちは
    うう〜ん
    続編ありがとうございます。
    ぞくぞくっと感動しました(ギャグ寒いです、相変わらず)

    東京は文化のかたまりですよね。
    やっぱり。
    たまに遊びに行きますが、patraさんのエッセイ読んで
    ちょっと見方がかわるなあ。

    学生時代たった二年だけ東京に住みました。
    それでもしたり顔でうちの家族に私が説明する東京とは
    迫力がちがうなあ・・・

    コメント by rosemary — 2004/10/14 木曜日 @ 13:11:03

  4. >ほら、画一的になるまえの東京だから・・・ノスタルジーだから
    割り引いて読んでくださいな。

    東京っ子は地味です。

    コメント by patra — 2004/10/15 金曜日 @ 5:55:52

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