ことば・ておくれ
書類を探して何度も引き出しやファイルを開けています。
消えた重要書類よ、何処に・・・そんな時手にした小誌。何処にも何の付録かも何一つ表記されていないので怪訝におもいめくっていると,多分母が引いたと思われるアンダ−ラインが目に留まりました。
明治神宮かなんかの小誌なのでしょうか?日本語のこころの特集です。
渡辺昇一上智大名誉教授の「日本語のこころ」のエッセイに赤ペンで鍵カッコがされています。
母のアンダ−ライン好きは有名です。図書館で借りた本にもアンダ−ラインをひいてしまい叱られます。
しかも、ピントがずれた所に引いたりするのが後で読むと微妙に迷惑なかんじなのです。
今度も『源氏物語』の大和言葉についての先生の記述の妙なところに赤ペンでした。
微笑ましく更にページを繰っていると平野啓子さんのインタビユー記事の中にしっかりと棒線が引かれた箇所がありました。
なるほど、これはぜひとも記憶にとどめるべき言葉でした。平野さん(フリーアナウンサー)は語り部で毎年,六義園の枝垂桜の開花時に3月17日か18日に瀬戸内寂聴さんの[しだれ桜」を朗読なさっている方だそうです。
平野さんはこう語ってます。
言葉って恐いな・・・人生を滅茶苦茶にすることも出来る破壊力を持っているんだと思ったんです。良き方向に使わないとこわいですね。
小さい頃から父親に言われたのは,言葉を発するときは気をつけなさいということ。「それは天に向かってつばを吐くようなもので、かならず自分に降りかかってくることだから」と。
悪口を言えば,悪口が返ってくる。また「言葉は汗のようなものだと思いなさい。一度出たら絶対に戻せないから」とも言われました。
それから「人に言われたことはもしかしたら自分に非があることかもしれないので、きちんと聞いておくように」とも言われたんですが,実は昭憲皇太后(注・明治天皇の皇后)のお歌の中にですね、
「人ごとのよきもあしきもこころしてきけばわが身のためとこそなれ」とあるんです。
父の教訓が三十一文字で美しく表現されている。すばらしいとおもいました。
この一節にアンダーラインを引く理由が良くわかりました。平野さんのお父上は見事な婦女子教育をなさっていますね。我が家には全く望めない教えでした。江戸っ子である両親は教育があるにも拘わらず言葉がいけません。
このような微に入り細に入った教育は、軽々とは思い浮かびません。何代も何代も続く戒めの教えです。
私達親子が喧嘩をする原因は尽く言葉の使い方の間違いからでしたから・・・
お客様から質問される一番多い事に
「良い子が生まれますか?」
私は「手遅れです」と答えて驚かれます。ご自分と母親が良くともお祖母さんが悪ければ、アテに成らないのが遺伝子です。この平野さんのお父上は大切なことを丁寧に教育されています。
そう教育されて育ったのでしょう。凡そ7代遡って良い教育が成され続けていれば、まちがいなく躾が身につく事になることでしょう。生みっぱなしの親では子も進化せず。
言葉は汗のようなもの,一度出したら絶対に戻せない・・・遅まきながら胆に命じる教えでした。