2010/4/7 水曜日

豆ご飯

Filed under: 家族,料理,時代 — Patra ICHIDA @ 23:13:03

CIMG6628CIMG6630IMG_0059宇宙でのドッキングライブが丁度ご飯の支度と重なったので、母に7時になるけど大丈夫?と声かけてMacの前でUstreamの実況をつぶさに楽しみました。春のせいでお顔が乾いていたのでパックしながら、手はグリンピースの莢を剥きながらtwitter・・・余計な音が一切しないライヴは非常に楽しかった。日本人宇宙飛行士が2人も乗り組んでいるのさえ奇蹟なのにハッチから出て来る乗組員や迎えるシャトルのクルーが普段着、Tシャツ姿なのもびっくり。しかも半袖。ハッチが正しくドッキングすれば其処は完全な無重力の部屋なんだな〜。2001年宇宙の旅は予言書だったか(笑)。科学の力はここまで凄いのか?と今更ながら吃驚しました。
ならば英知を結集して世界のエネルギ−開発にもっともっと希望を繋げたいのに、チャットは日本語禁止で全てバグ扱いだった。ふとアメリカの差別意識を感じたのだけど、文字化け等と日本の書き込み量の凄さ等、仕方なかったのだと思って置こう。

今夜は豆ご飯だったので二人分だけシリコン容器に入れてお豆に酒と塩、味の素をふりかけ、レンジで3分。暖めたご飯に混ぜるだけの簡単豆ごはんですがこれが家では定番.枝豆ごはん、空豆ごはんも混ぜるだけ、余ってしまうので炊き込みません。匂いがこもらないし、ご飯に塩分が無い分、お豆に塩味はきかせてあるのでとても美味しいです。
豆腐のお汁に青味が無いのがご愛嬌!降りて来た母に間に合いました。
もしこのライブを事前に知っていたら用意できても,結局食べるのは7時だから同じですね。母が「龍馬が生きていたら」を見たがったので頑張って9時半まで・・・待つ。

豆ご飯補足.ご飯は炊きたてが好ましい。豆の量は掌に乗るだけで二人分、これで3分か4分、かき混ぜてスプ−ンに茹で汁が1、2杯残るくらいの酒の量。この茹で汁ごと豆を熱いご飯に混ぜます。お子様にはバター小さじ1杯一緒に入れて混ぜると喜びます。
大人数はやっぱり炊いてください。
あくまでもお代わりなしの二人分目安です。容器はシリコン製パピヨット使用。

途中電話相談.


女房の人生

Filed under: 家族,料理 — Patra ICHIDA @ 0:01:18

IMG_0056IMG_0054チラっとTVで熱烈恋愛の夫婦なのに、妻が30年間の鬱憤で夫を殺害!と言ってたな?
だいたい我慢する人生はとにかく身体にも精神にも悪いので、我慢は美徳にはならないと思うな。どんどん喧嘩をすれば好いのに。
口喧嘩に限る!だけれど、もちろん(笑)喧嘩すれば本性が分る。

昨日、母が嫌だと言った子持ち鰈の煮付けを出しました。彼女の意見は真面目には聞かずにね、そしたらどうでしょう?美味しい、美味しいの連発なんですよ。
ほら、やっぱりね〜。子持ち鰈は亡き父の大好きなお魚でした。

昔日本は貧乏だったので真子鰈や子持ち鰈は大ご馳走で子供や女房のお膳にはまず乗らなかった。母も父には出しても自分では食べたことがなかった、という倹しい暮らしだったのですよ。
第一、子供と父親とはお皿の品数もちがって当たり前でした。

「何でこんなに美味しいの?」と母が骨まで奇麗にしながら訊ねるので
「日本酒だけで、お水を1滴もいれてないで割烹料理屋と同じに作ってるから・・・」そう教えると、
「私の時代(戦後から昭和55年くらい)はお魚をお酒で煮たり味醂も使うなんて全然知らなかったわよー」とちょいと僻んで見せ、全く贅沢なんだからぁ・・・と娘を責めた。

「花見遊山もせず、映画も見ない暮らしにこのくらいは、必要でしょ?。ちなみに一切れ千円よ!」とバラしたら尚、驚いていました。
夫のお陰だけで生活してきた母は、日本の女らしく、やっぱり何処かで何かを我慢して生きてきたのだな?と改めて思ったのです。掃除洗濯料理とまるで駄目でも、分は弁えた暮らしはできていたのでしょうか。

子持ち鰈に目覚めたのは、何も今日が初めてでは無いのに、食べたのも忘れてしまう母なのですが。
老人になったある次期から、父は自分だけ余計に付いてる晩酌用のお皿の中身、母にも譲っていました。
突然に、女房殿が大事に思えたのでしょうが、実に全く日本の男は何もかも悟るのが遅い。


2010/4/6 火曜日

海老フライ

Filed under: 仕事,料理,日々雑感 — Patra ICHIDA @ 0:06:36

CIMG6617CIMG6615何度も出て来る海老フライです。
母に何が食べたい?と訊くと「海老フライなら嬉しいけど・・・」そう答えます。
お易い御用。家では揚げませんが、近所のサボテンでプリプリ海老フライを調達しタルタルソースを作るだけです。便利だけど私的には子持ちカレイの煮付けが食べたいのに・・・ざんねん。
サボテンは少し遠いのですが
「好きなものを食べていただいましょうよ」とヘルパーさんが自転車を飛ばしてくださいます。
一昔前、もし自分が動け無くなったら買い物が大変だな?と思いパソコンを始めたのですが、いま通販で買うより少ない量を食べ切るだけ買っていただける生活支援のお陰で本当に助かっています。
近所を全く知らない私はヘルパーさんの教えてくださるお店に、たくさんの発見があります。
買い物のついでに持ってきてくださる日替わり売り出しのチラシを睨み週の凡その献立にします。物価の高いこの町でも工夫は出来るものですが、一番良いのは我が家担当のヘルパ−さん達が主婦である!ということに尽きます。考えて買ってくださるのです。
浅蜊は水を張った容器に開けちゃんと塩をいれておいてくださる。モヤシは中で発酵しないように袋を少し開けて冷蔵庫に!と言うと其れを守るとか、大き過ぎないキャベツとか!お試し!といって新製品を選んで下さる,等の主婦の目が素晴らしいのです。講習を受ける度にドンドン成長する彼女等に天職とは?自ら学ぶ心がけだと教わりました。
お洒落を基準にしか物事を考えなかった自分が随分と偏った人間だった!とも・・・
ニコニコ笑ってバシバシ身体を動かす彼女達こそ心から輝いています。最高です。


2010/4/5 月曜日

凄いな〜

Filed under: エッセイ,家族, — Patra ICHIDA @ 17:28:55

CIMG6607CIMG6610昨日まで蕾みだったノヴァセンブラ、大輪のカサブランカが開いていました。心配のあまりブルーだった気持ちもやや持ち直す。というより母も姉もしっかりしていて驚きのドライさです。月末には前倒しの70才のお祝いをクラスメート達と開くのが楽しみと変わらず前向きです。

徹底して個人主義を貫く私が案外動揺してしまうのに、寂しがりやさんなのに、覚悟してる姉が沢山のお友達のおかげで、全然寂しがっていない、という報告も受けました。
沢山の患者さんを見て来たヘルパーさんのお話から、人様々な闘病のやりかたが有るのも知り、心強かったです。ご主人が認知症で入院、奥さんが乳がんから骨に転移、発覚から既に1年、24時間、痛み止めを点滴し、ひとりで自宅で闘病なさっている方のお話も聞けました。みんな驚くほどの気力で頑張ってらっしゃるそうです。家族のいない人は沢山いるそうで、優しい夫と娘、友人沢山の姉は私の心配することでは無いようでした。

偉いな、凄いな、学ばなくちゃ。
というわけで遠い友人へここで報告。生き切る、最後まで今を生きる、こそが美意識なんですね。


胸に詰まる想い。

Filed under: エッセイ,家族 — Patra ICHIDA @ 2:19:27

CIMG6573ここ1ヶ月ばかり姉から連絡が無いので便りのないのは良い便りと思っていたら,夢に姉が出て来ました。何も話さず荷物を持って立っている姿が微妙に暗い。母に電話するように伝えたのが一昨日。留守だったらしい。
午後、浮かない顔して降りてきた母が報告するには
「もう1月も入院してるんですって!」
あぁ、やっぱり手強い病気だから、と溜息をつく我々。肺へ転移していたのだが、家中で一番,元気で健康自慢だった人なので、体力もあるだろうから大丈夫だ!と無理にも思っていたのに。ショックだったのか朝は元気だった母が、今度はグレイ色の顔色をしてました。
逆運だけは、とにかく避けたいものだが予断を許さない状況かもしれない。
痛み止めが効かなくなってきたのだそうだ。放射線治療を受けながらお医者さんの予告した期日と向き合う姉。「覚悟は出来てる」と母に電話して来て知ったのです。
付き添うことはもちろん見舞うことも出来ない、今の我々に理不尽な試練は続きます。
人は誰でも姉を誉めます。明るさや元気を・・・
神は何を基準に寿命をお選びになるのでしょうか?

でも充分奇麗なうちに召されるとしたら、其の方が幸せな気もしています。姉が良く言っていた言葉です。
だから無念とか大変とか思わないようにしていましたが、現実はしんしんと気が沈みます。
父の法事にも来なかった姉との痛い側面を知っている私には、成す術無し、がんばれとひたすら祈るだけです。父母から惜しみない愛をうけ、何時も自由で気侭で居た姉の払う犠牲の大きさに、家族の嘆きに、むしろ暗澹としてしまった。どこかで辻褄を合わせなくてはならないのが人生なのだ。


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