2013/6/16 日曜日

父の日

Filed under: 家族 — Patra ICHIDA @ 23:20:18

姉に期待をかけていた父は、戦後、まだわら半紙に印刷したような粗末な建築雑誌の本に姉の名前で図面を投稿しました。採用された図面には「わたしのお家」しげた のりこ・・・そう記載されていた。
東大も出ている自分の名前では恥ずかしかったのだろう・・・
その後大きく成長し姉は桑沢へのインテリア科に進学、遊んでばかりいて、尽く父の理想からは離れたお銚子者に育ち、期待どうりには行かなかったが、父は溺愛し、車を買い与え、無理して巴里にも遊学させた(1ドル360円の時代だ)。阪急デパートで巴里行きの衣装を誂え有頂天になっている姉は、何処から見ても大金持ちのお嬢様、それくらい趣味も良く、高価なものが似合っていた。
建築科同窓会にも姉を連れて行くほど内心、相当に自慢な娘だったと思う。

ところが姉は父の期待に応えるどころか、迷惑ばかりかけていたが、一向に恥じ入る事もなく、好き放題二度の結婚をし、遂には父の建築事務所を後足で砂をかけるようにして去り、廃業に追いやった。

見向きもしなかった妹の私に、流石に咎めるのか何も言いはしなかったが、明らかに父は失望しているようだった。
客観的に見ていた私は、自分が建築の勉強をしてなかった事を悔やんだが、姉が父の元を去ってからは、なんとか父の窮地を救わねば・・・と必死に家族の再生だけ願って、家に家賃を入れ少しでも安心させたかった。
其の時父は「お前だけだよ、お金を家に入れてくれたのは・・・」と眩しそうに呟いた。

姉だって親不孝だったわけではないのだろうが、余りにもチヤホヤされて育ってきたので、「地球は私の為に回っているのよ」と冗談にも言う人だったから仕方がない。父がそうしたわけだから・・・
もう姉も、父も母もいなくなった今、心配性で家族の顔色ばかり見ては我慢していた、15歳なのに晩年の老婆のように疲れた子供だった私だけが残った。
父が残してくれた知恵を遣い一人で暮らしている今、鏡に写る自分には、あの苦労が滲み出たような「晩年の子供」のような不安げな顔が消えていた。人生は何処かで辻褄が合うものだな・・・そんな事を思いながら、チヤホヤを全くしてくれなかった、遠い存在だった父に、「ありがとう〜」とシミジミお礼を言った日なのでした。


2013/6/15 土曜日

曇空

Filed under: 日々雑感 — Patra ICHIDA @ 7:13:44

DSCN1436何の連絡も入らなかったアレルゲン検査、なんと看護婦さんが電話をいれてくれた結果、すべてに於いてマイナス、昔言われていた鯖さえOKだったそうだ。
連絡を入れなかったのは何でも無かったから・・・と言われたらしい。
え?っと思ってしまう。
先日の内科医は「蕁麻疹は心因性もあるよ」と話されていたが私に思い当たらないです、と答えたけれど、良く考えると日常のこうした積み重ねの行き違いが結構ストレスかもしれない。

昨日看護師さんがもしかして我々では分らない薬害もあるから、やはり皮膚科の往診を頼もう・・・と勧めるのでお願いをする。蕁麻疹が起きてから日数が経ち過ぎてのアレルゲン検査も問題ありだったかもしれない。
アレロックを飲んだのは1週間前、此れ以外に飲んだ薬はカルシュウム剤、ビタミンCに美容のためのヒアルロン酸のドリンク(美皇潤)だけ・・・これが怪しいかも?ツバメの巣入り。怪しいネ、相当に。


2013/6/13 木曜日

がんばったけれど・・・

Filed under: 日々雑感 — Patra ICHIDA @ 15:04:23

DSCN1374昨日整理して開けてもらった冷蔵庫の今まで入れられた下から2段目の棚にどうしても重い梅の甘露煮のタッパ−ウエアが乗せられなかった。うーむ。落ちて蓋が外れでもしたら大変なので明日まで待とう・・・

腕上げ運動の問題ではまかなえない、筋力がここに来て落ちてきている速度が早いように思う。

先週も看護師さんと話たが、85センチの高さのキッチンが危険に感じ始めてきました。もっと低く勉強部屋の窓側にキッチンを造るには・・・200キロの電源を引き直すには大事なのでポットや卓上IH位を低い台に設置ということになるかな?

車椅子使用のキッチンのつもりでも不具合は起きて来る。冷蔵庫の出し入れ、コンロの高さなど問題は一杯だけど何とかして工夫して行くつもり。
昨日見た片付ける達人の知恵は凄かった。目からウロコ、大いに参考にしようと思う。ティシュとゴミ箱はワンセット!は実に合理的な考えだった。百円ショップの活用も羨ましい。此の辺全然、そんなお店が無いようなのだ。スケッチブックも売ってないw文化度低いかも(笑)

しかしお直しのお風呂場のベンチ、発注してから1ヶ月も経つのに未だに見積もりも届かない。普通企業であったらとっくに潰れている遅さに溜息。


2013/6/12 水曜日

ふつうにご飯

Filed under: 日々雑感 — Patra ICHIDA @ 15:14:31

DSCN1369マ、平凡ながら日本人で良かったな、とおもうこんな日もありあすが、鮭が自分で焼いてない既製品なので、焦げ目が無いのが残念。鱒だと思う、しかしながらサイズは丁度良い。立派な紅鮭の焼いたのが脳裏を掠めはしたが、「上等、上等」と自分に言い聞かせる。此の後、手の甲に腕に湿疹。ん?やっぱりアレルゲンは魚や浅蜊に反応するのかしら?
早く検査結果がでないかな・・・」


2013/6/11 火曜日

黒猫と牧師  

Filed under: 友人 — Patra ICHIDA @ 21:00:58

946667_614940948517419_761832527_n「黒猫と牧師」 

 牧師さんは言いました。
「おいで、君のために油イワシを一皿残してあるよ」
黒猫はドキっとしました。
昨日こっそり忍び込んだので叱られると思っていたのに・・・
二人の友情が芽生えた瞬間です。

牧師さんは忘れていました。
もう3年も前のこと、近所のカフェのおかみさんが保護した捨て猫を、
自分も一人だし、もらって来ようかと考えているうちに、
他所にもらわれて行ってしまった、あの黒い子猫のことを。

黒猫は忘れていなかった。
あの日、自分をすっぽりと包み込んだ優しい大きな手の感触と、
「来るかい」と言ってくれた低いあたたかい声を。
黒猫は牧師さんのところに行きたいと、心から思った。

ところが、黒猫を連れていったのは若いカップルで
気まぐれだった。
可愛がってくれる時はべったりで、何かうまくいかなかったりすると、
素っ気なかった。
そればかりか何かにイライラしている時は
黒猫に激しく当たり散らすこともこの頃多くなっていた。

黒猫はついに家を閉め出されてしまった。
それで5日間街をうろついていた時だった。お腹はペコペコで、
美味しそうな匂いに誘われて思わずのぞき込んだ家で
黒猫は牧師さんの歌うような声を聴いたのです。
あの声は、もしかしたらと黒猫は思いました。

その日から翌日も翌々日もそのまた翌日も、
黒猫は牧師さんの家をのぞいた。
牧師さんが立ち止まると黒猫も立ち止まって、牧師さんが
ドアを閉めそうになると急に家の中に入れて欲しくなってしまう。
そんなことを数日繰り返すうちに、
ドアの内側で待っていた牧師さんが不意に言った。
「来るかい」
牧師さんはにっこり微笑んだ。牧師さんもここ何日か黒猫のことが
不思議なくらい気になってならなかったのです。
「おいで、君のために・・・」
それは間違いない、あの声だった。
牧師さんはヒョイと黒猫の脇に手を入れて高々と持ち上げました。
黒猫はうれしくてゴロゴロと盛大に喉を鳴らした。

牧師さんは、思った。
・・・もしもあの時、3年前あの子猫をもらっていたら、
丁度このくらいの大きさかな。

黒猫は、幸せだった。


・「黒猫と牧師」  作 椎名 寿

PS

写真と文は椎名寿さんです。

巻頭の数行のみ私が写真を見て感じた感想をコメントしたら、椎名さんが続きのお話を作ってくださったのです。FBならではのコラボレーション?素晴らしい童話になっていますね。
私が書いた「君の・・・」と呼びかけた黒猫を対等にみる言葉に反応なさったそうです。

Shiina Hisashi さんは
宝物みたいな物語ができて、ほんとにうれしいです。いちださんの「おいで、君の……」の「君の」がなかったら生まれなかった物語です。憐れみも優越もない対等な目があったからです。ペットにするつもりはない、いっしょに暮らしたいと思っている牧師さんの姿が見えて来ました。

きみの、がいいのです。

油イワシもいいですね。

外国の童話を日本語に訳したような感覚の言葉使いで…。雰囲気がある。

光栄でした。永久保存のためにブログに載せました。


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