2008/7/23 水曜日

キーマ・カレー

Filed under: ネコ,家族,料理 タグ: — patra @ 0:00:00

さっそく占拠
さっそくチップに占拠されたベンチ・・・

レスラーの北斗さんが作っていたキーマカレーが簡単そうなので前日作った蕪と鶏手羽のスープのスープだけを利用して鶏ひき肉200gとニンニク,生姜で単純に煮てカレールウを入れ微塵に切ったホウレン草で仕上げ。ご飯は胡椒ライスこれ家の定番(冷やご飯を炒め塩、と味の素と黒胡椒で、)にかけて、母はカレーだとは思わずにでも喜んでました。キーマって挽肉ってことなんだけど・・・老人向きかも。残ったカレーに豆腐を混ぜアボガドやトマトを挟みタコスにするアイデアが素敵だった。

料理にマンネリが漂うので外部情報を・・・ホウレン草を入れるのも私好みでした。

キーマカレー北斗流キーマカレー


2008/7/22 火曜日

退院一年目に思う

Filed under: 家族,日々雑感,骨折日記 — patra @ 3:15:56

去年の今日、私は介護タクシーを予約し、文字どうり一人で病院を退院してきました。前日に姉が自分の小さいミニクーパーに乗るだけの荷物、といっても二つくらいを持ち帰ってくれました。その他の荷物は病院内の郵便局からゆうパックで2回にわけて6個の袋詰めを自分で自宅にだしました。これはテストでもありました。たった一人で入院したらどれほど困る事があるか?を知りたかったのですが、ほとんど何も困らなかったのは発見でした。困ったのはむしろ自宅に帰ってドアを開けて介護タクシーのオジさんに押して頂き、車椅子から中を見た瞬間、久しくみなかった母がもの凄く想像以上に老けていたこと。家の中が半年でメチャクチャに汚れていた事、「歩けないなら退院してこないでよ!!」と心配するあまり叫ばれた時でした。母も相当に自分の体調を我慢していたのでしょう。開口一番がおかえりなさい、でもお疲れさまでもありませんでしたから、実にヤレヤレでした。

やっと上がりがまちに立ってピックアップ歩行器につかまり自分の椅子に座った瞬間から・・・手は無意識にその辺のゴチャゴチャした書類の束を片付け始めていましたもの。悲しかったのは2月に倒れた当時のままの冬のカーテン、冬のテーブルクロスが,埃っぽいまま暑苦しく垂れ下がり、「あんな部屋でどうやって市田さん、これから暮らすのかしら・・」病院でお会いし、その後御世話になるケアマネジャーさんの声が脳裏に浮かびました。病院から電動トイレの工事の手配のため下見に行って頂いた時の言葉でした。あぁ、これでは心配されるのも無理からぬ話だな・・・。姉が昨日,病院の帰りにでも寄って奇麗好きの私のためにお掃除でもしてくれている、と期待した私は甘かった。埃だらけ荷物だらけのテーブルにお花だけが可愛く咲いていたのはパリに居る息子たちからの退院祝い。

なにもかもバランスを崩してしまった秩序の欠落してしまった部屋は埃にまみれて、ヘルパーさんの手が届いていない結果を如実に物語っています。言われない事はしない・・・主義の彼女達を90の母には指導できないからです。猫はまとわりつくし、第一もの凄く猫のおしっこの匂いが立ち籠めていました。

姉がお昼ご飯を買ってきてくれて初めて彼女も大腸癌に冒されていると聞き,”掃除どころじゃないわよ、命がかかってるのよ!”と言われて絶句。今まで、時々でしたが無理して病院に来てくれていた!と知りました。テーブルの位置だけ直してもらって兎に角 無理しないように早めに引き取ってもらう。車で世田谷まで帰るには渋滞になってしまう時間帯を避けねばなりません。

それからの1年、くる日もくる日も整理、整頓、家の修理はブログに綴ったとうりです。相当に奇麗好き、と自分を自負していましたが木戸の納屋といい父の部屋,母の部屋は人様にお見せ出来ませんでした。私の意志が働かない部分は荒れ果てていました。人生は何時、何が起きるか解りません、がもうソロソロ死を見つめて生きてゆく覚悟が必要なのでしょう。心置き無く老後を迎えるには、我が母の無手勝流では最早到底,済まされない時代です。そう心がけ準備していた諸々を一気にこの骨折入院のお陰でクリアーできた最近です。特養しか入れないのに特養嫌う母、ならば家で看取るしかありません。その為には私こそが気持ち良く暮らす必要があるのです。

あともう一息の所でガス欠気味の私ですが最晩年準備は整いつつあります。ちょっと一休みして、筋肉の運動に取りかかり更なる明日へ向かいたいものです。

「お母さんの面倒なんか、君の身体では危険すぎるよ」と部長先生に言われましたが、運命があるとしたら、それを克服するのが私の生きる道・・・何とか平常心で日常をこなす事が出来ています。母のケアマネジャーさんが替わったお陰で全てが気持ち良くスムーズに動き始めたことを感謝しながら,熱心な人々に出会えて頼もしく有り難かった1年でした。


2008/7/21 月曜日

狭くとも前向きに

Filed under: 日々雑感 — patra @ 18:04:21

夏の空気狭さを逆転の発想で夏の食卓テーブル整形の先生は歩けるとは思わなかったらしいが、車椅子など無用です。窮すれば通ず・・・
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布きれも板切れもだいじ

Filed under: 日々雑感,時代 — patra @ 1:21:30

ゆっくりとベッドに身を横たえて1日いたら、左足首はだいぶ収まった。ご飯だけ炊いて味噌汁だけ作って放っておいた母、なんとやっぱり暑さに負けたようで、ハンバーグもゴーヤチャンプルも一口食べて「食欲ない」といいアイスクリームだけ。バナナとゆで卵と野菜ジュースを持って部屋へ。私が体調が悪いとすぐ具合がわるくなる老母、寝てられません。痛みは薄くなっても筋肉に力が入らないのが困ったもんだ。気合いをいれて明日の仕込みをする。

夜10時頃、電話が鳴った。6回で切れたので間に合わなかったのだ。土曜日の職人さんが線を伸ばしてテーブルの上にのせて置いた電話機を、窓際のサービステーブルに置きっぱなしにして帰ったので、線が棚の下に引っかかって重くて私では引っ張れない。そのせいで受話器がすぐに取れなかった。目をサラの様にして注意してないと、現場を元どうりにする、という初歩的な仕事にならない、最近の職人の仕事ぶりが嫌。厳しい親方がいなくなったせいかしら?

しかも悪気はないのだろうがチェストの間に挟んでおいた古い銘木の板が,無くなっていた。父が釣った黒鯛の魚拓をプラスチックで作ったものを貼っておいたのだが,魚拓は壊れたので板だけ木目が奇麗なので取って置いたもの。ふつう、そんな古い板,持って行かないでしょう!というものだが、ゴミとでも思ったのだろうか?板目のいい具合の分厚い板を看板にするつもろだったのに・・・そういえば前に風呂場を直した時の風炉桶の蓋、榧の分厚い4枚板も違う大工さんだけど持って行かれた。4枚胸に抱えてその時、チラっと私を見た目つきが”この蓋の価値、解ってないだろう・・・てな目だった。当人は目利きなのつもりだろうけど、むかついて余程言おうとおもったのだが我慢したのだ。取っておいても木工仕事はできないからだが、木の善し悪しは貧してても半端じゃないつもりなので、後味が悪い。ゴミとして袋に入れたとしたらモッテノホカ・・・施主に黙って捨てる事より何より木の美しさを解っていない。目利きで持っていったのなら未だ許せるのだが。


2008/7/20 日曜日

代わり映えしない・・・

Filed under: 日々雑感 — patra @ 2:45:19

代わり映えしない床何だかな^カサブランカと小菊せっかく朝一で張り替えてくれた床,家具も動かして隅々まで奇麗に貼ったのに「ん?貼ったの、解んないわね?」と呑気に母が言う。彼女が、此の頃、よく転ぶのでコルクタイルを止めました。お陰で全然かわりばえしないけど、濃いグレイから茶色になっただけなので、ほんと母の印象どうりなので笑っちゃいます。ま、清潔になっただけで佳しとしよう・・・。この家に住んでる限り此処どまり。立って写した絵は手ぶれが酷くて・・・

水曜から具合が悪い左あし、とうとう踝が腫れてきました。合わない靴を慣らそうとしましたが、てきめんで左に捩じれでも生じたのでしょう。去年のアキレス健炎のような痛み。無理しないようにしなくては水曜はちょうど退院して1年目なので御世話になっているケアマネジャーさんや訪問看護士さん達と彼等の後輩の方々を交えて研修会する計画なのです。お昼休みを利用した短い時間なので、意見交換くらいですが・・・介護される側の人間から気のついた事などお話し,少しでも参考になれば・・・と、皆さんの賛同を得たので企画しました。靴も何故,不具合か皆さんに見ていただきます。

事務所にカサブランカを持って行こうとしても足首が痛くてダメ、月曜日にヘルパーさんに運んでもらいましょう。万一の時はこの台所で研修になっちゃうけど、看護士さん達にとっては病院がホ–ムとしたら訪問看護はアウェイなんですって!そんな感覚って実に面白い。時間があれば私から伺いたいお話も沢山あるのですが、まずは軽くジャブ。他分野を知るってとても興味があるしお互いの立場を知るって大事ですよね。


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