2005/1/9 日曜日

義経に繋がるダイアナ靴店

Filed under: 人物 — patra @ 0:54:40

銀座の裏道のダイアナ靴店は小さいけれど高級な品揃えだった。その美しいカップルが静かに店内に入られた時から、私は目を奪われた。棚に陳列された靴を見るともなしにこちらを振り返られた瞬間に私は彼等がだれだか分かったのだ。音楽家の黛敏朗氏と奥様の女優さん、桂木洋子さんだった。ほっそりとしたお姿に細身のベージュのコート、ウエストをベルトでキュッと締めたスタイルの完璧な着こなしは、まるで外国の女優さんのように洗練されている。不躾とは思うのだが目が離せない、それは見事な美しさだった。柔らかくウェーヴした栗色の巻き毛が肩まで垂れ...爪先が黒皮の、今思えばシャネルの定番、当時日本人はほとんど穿くことが出来なかったベージュ色のパンプスのこれも見事に細い足首にみとれてしまった。すべてが繊細でこの世のものとは思えない精巧なバランス!フランス人形を見るようにしげしげと。
少し恥ずかしそうにされながら御主人の方へ肩をよせて私の目から視線をそらせた夫人は、でもそれが、少女の賛美と感嘆の眼差しである事を充分に承知しておられるかのように、今度はその美しい横顔を凝視するだけの時間を私に許し、ゆっくりと棚の上から横、斜下へと視線を泳がせては店内の品定めをなさった様子をはっきりと今も思い出せる。

ツイードの上着にアスコットタイを締めた黛氏はダンディで雑誌で見るより遥かにハンサム。当時上映中のオードリー・ヘップバーンの「緑の館」に出て来るバーバリアン役のへンリー・シルバーに似たエキゾチックな風貌で日本人離れした背丈、ほんのかすかに猫背で、けれどスラっとしたスラックス姿の足の長さといいバックスキンの靴といい、お二人の組み合わせは絵としても<お似合い>だった。「こんなにも美しい組み合わせの御夫婦が本当に日本にも存在するのだ!」と・・・。
店内に立ちすくみ、憧れの眼差しを放ち続ける私は文化学院の美術科に入ったばかりの18才で美しいものに貪欲な画学生だった。昭和34年頃の銀座に毎日くり出しては目に入る美しいものを全て吸収しては楽しんでいたのだ。

気に入る靴がなかったか、あるいはあまりの視線に困られたのか、お二人はそのままダイアナ靴店を出ていかれた。胸の所で曲げた黛氏の腕に手を差し入れるようにして掴まり洋子夫人は細い足首を軽やかに運び、先の森英恵店のほうへ消えていかれ、その後ろ姿まで記憶にとどめるように眺めては、美しさを心のシャッターで何枚も連写してみた。

なぜこのようなシーンを深く脳裏に刻み込んだのだろう、後にも先にもあのように人様をマジマジと凝視してしまった事はなかった。魅力的なカップルの出現にまるで呪文にかけられたように若い私は完全に我を忘れたのだろう。漠然と思い描いた理想のカップル、憧れのカタチが目の前に突如現れたのだから興奮したのもやむをえまい。

お洒落で知的で洗練された都会的なカップルが実は理想だったのに、数年後に恋をした私は、銀座を散歩するにはおよそ似つかわしくない人を選んでしまっていた。お手本があまりにも素敵すぎたせいだろうか、と思い出すたびに残念、と笑ってしまう。

人生の巡り合わせとは不思議なもので、まさかあの40数年前にポカンと口を開けて見とれた御夫婦、黛敏朗さん・桂木洋子さんの御子息が知人の紹介で御夫妻で我が家を尋ねて見えるなんて露も想像できなかった。

奥様である、女優、平淑恵さんの紹介で見えた紳士は若々しい中年、といっても50歳くらいの、いかにも芸術肌タイプ、無口でシャイなNHKの演出家として映画「RAMPO」や朝ドラ「すずらん」で有名な黛りんたろう氏だった。私がたった1度だけ銀座ダイアナで遭遇した頃は、きっと小学校3年生くらいの坊やだった事になる。多分、御留守番をされていたはずだ。あの憧れの御夫妻の・・・そのお子さんが40数年後に飄然と中年になって立ち現れるなんて・・・感無量だった。
既にお亡くなりになっていた父上黛氏がどんなマジックを天上からお計らいなのだろうか。

最もダンディで自信に満ちていた頃のお父上と眩い美しさのお母さまの目撃者であるところの、この私の前に唐突に座られる御子息夫婦。導かれる運命を何とも不思議だと思いつつ、ちょっぴり親嫌いでもあったらしい黛りんたろうさんへ、どれほど若い御両親が素敵なカップルだったか!を熱意を込めて語る私だった。

偶然の糸がどこで、どう繋がるのかは定かではないが、一度たりとも忘れなかった私の記憶の糸を辿ってまで伝えたい事が、きっと父上、黛敏朗氏にはお有りだったのだろうと私は確信しつつ・・・・

「本をぜひ、お書きなさいよ、」と闇雲に言いつづけ、それに応えた黛りんたろうさんは今年の大河ドラマ「源義経」の演出と撮影の合間、さまざまな困難を克服し、終に書きあげ、脱稿した!と電話で知らせが届けられました。

春風社さんの三浦社長の肝いりで出版される本、何を隠そう、我が父が大の大河ドラマファンだったので、こっそり私流の親孝行の便乗でもあったのですが、間に合わなかったのが残念至極。

「大河ドラマをただ見るだけではなく裏側の作り手の苦労を知りつつ見るのも一興でしょう?」そんな不思議な縁だけでも今年の大河ドラマ「源義経」は興味深いものがあるのです。


  1. 「義経」始まる

     午後8時直前、トイレに立った。テレビのある部屋に戻りスイッチを入れたらNHK大河ドラマ「義経」が既に始まっていた。自分の行動が悔やまれた。身辺スッキリした状態(!?)で見たいと思ったのが裏目に出て、…

    トラックバック by よもやま日記 — 2005/1/10 月曜日 @ 9:33:20

  2. 緑の館

    Green Mansions
    1959年 アメリカ
    監督 メル・ファーラー
    出演 オードリー・ヘップバーン アンソニー・パーキンス 

    W・H・ハドソンの同名の小説が原作です。アマゾンの熱帯林を舞台にしたロマンスを描いた作品。これもまた観ている人は少ないかも知れません。

    トラックバック by I LOVE CINEMA + — 2005/3/18 金曜日 @ 1:16:50

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