息子へ、夫と黒澤明監督のエピソード
この春以来、寝たきりの私に息子が毎日電話をくれるので色々な話をしていたら、あ、まだ話していない彼の父親の傑作な話があったな〜と思いついて遺しておこうと決めました。
別れる前の夫、市田喜一さんは東宝撮影所の敷地内に掘っ建て小屋を借り仲間5人と美術の会社を作っていました。
社名のサンクアールは私がネーミングしたのです。
映画やコマーシャルに使う小道具から大物、木工彫刻や樹脂、軽いカポックなどを本物そっくりに作る毎日です。
汚れる仕事ですねw
木の欄間を掘っている時、通りかかったおじさんが、やおら一緒に彫り始めたのを「ダメダメ、そんな彫り方」と叱ったら、それが黒澤明監督だったというエピソードは息子も父親の死のブログにも書いたとうり傑作な笑い話です。
ある夕方、撮影所から戻ってきた市田さん。
「いや〜今日は参った」と苦笑いです。
何があったのか聞くと、何時ものように汗だくで仕事場にいると、黒澤組から呼ばれたのだそうで、指定のスタジオに入るといきなり台本を渡されカメラテストだったそうです。
「え〜〜!?」聞いてる私もビックリです。
「一体何の?」「で、どうだったの?」と矢継ぎ早の質問に可笑しくてたまらない風に笑いながら、
「ダメに決まってるさ、台本の字が読めなかったし」
その話は黒澤監督の思い付きらしく、
「あの作業場の若いのを呼ぼう」
と急にお声がかかったのだそうです。
汗だらけ、顔も洗わずカメラの前に立たされキョトンとしている市田さん、想像しただけで可笑しくて二人で笑い転げました。
黒澤監督としては珍しい現代物の新作『天国と地獄』の犯人役のオーディションだったそうです。勿論落選でしたw
映画が完成した時、興味津々二人で映画館に行きました。
大画面に映る犯人役は当時新人だった山崎努さん、デビューの新鮮なお顔でした。
せっかく黒澤監督がチャンスをくださったのですが、
「これは落ちて良かったね」と笑いながら映画館を後にしたのでした。