税金を払う日
どんなに恐ろしい天災がおきようとも日常はやってくる。
朝一番で打ち合わせがあります。
この津波被害が大きいので今回私が払う税金も少しはお役に立つのでしょうか?
夢想ですが,払う税金を何に遣うか我々が選べるとしたら、国民はもっと喜んで払うだろう・・・ 続きを読む…
どんなに恐ろしい天災がおきようとも日常はやってくる。
朝一番で打ち合わせがあります。
この津波被害が大きいので今回私が払う税金も少しはお役に立つのでしょうか?
夢想ですが,払う税金を何に遣うか我々が選べるとしたら、国民はもっと喜んで払うだろう・・・ 続きを読む…



朝の眩しい日の出を拝み,今日一日良い日でありますように!そう祈った11日金曜日でした。
いつもの午前中にヘルパーさんと楽しくやりとりしながら、お互いの役割分担を進め、午後にはお茶に草餅を頂いて岩手のお友達に頼まれた吉凶表を書いている時,側でクララが執拗に啼くのです。
「なに、なんなの?」そう聞いても訳が分らない啼き方でした。切手を取りに玄関脇の小引き出しへ行こうとした瞬間に揺れが来ました。今まで体験したことの無い,気持ちの悪く成る揺れ・・・ほんとに本当に怖かった。
看護師さんがマッサージに来る日だったので玄関の電子錠を必死で開けて耐えるしか無い数秒、いえ数十分かな?
気持ちの良い朝が午後には地獄になるなんて・・・
逃げ出したと思ったクララは1時間も経ってヒョイと息子の部屋から出てきました。
管理人さんとあんなに探したのに神隠しのように消えていたクララ。
今考えると姿を隠さなければ決して管理人さんを呼び立てることなんかしない私へクララの「愛」なんじゃないか?動物の偶然がもたらすものにさえ意味をみつけてしまう。
胸が潰れるような被害の深刻さが次々に放送される間、ぽつねんと窓際に座って外を見下ろすクララの後ろ姿にも悲哀が滲んでみえるのも気のせいでしょうか?
頑張れるか日本.頑張ろう、なんとしても!息子から電話があった時、「節電しなさい」と言われる。
確かに今はそれくらいしか出来ない。
オール電化のマンションでのほほんと暮らすのは罰当たりだろう。
電気を消しスタンド一つで昨日食べるはずの、食欲を無くし止めて寝てしまった、マグロと平目のお造りで夕飯を取った。被災者の人々の寒さを思い暖房も無し・・・
それでも暮らして行ける環境に感謝しながら管さんの演説を聞く、がんばるしか選択肢の無い日本。
本日午後3時過ぎ(正式には2時過ぎから3時過ぎまで)もの凄く揺れました。車椅子のブレーキかけても動くのでドアにつかまっていました。気持ちが悪いくらいの揺れで、吐きそう。
ちょうどマッサージの日なので4時頃看護師さんが止まったエレヴェーターに乗らず歩いて階段を27階まで来てくれました。
ゼハゼハしてました。ご苦労様。無事を点検し次の患者さんのところへ・・・
万一のため私の寝室の窓を開けて行ったせいか、なんとクララが行方不明です、呼んでも返事無し。
1時間も呼んでいます。
地震の直前にしきりに啼いて危険を知らせてくれていたのです。
高層階の揺れは相当に脳に来ます。吐き気のような感じ。
地震の瞬間に私がした事は玄関の電気錠を外しモニターのリモコンとiPhoneを持って頭に帽子をかぶってドアに掴まってました。
また余震・・・被災にあわれた方々、どうぞご無事でと祈ります。津波が田畑を家ごと押し流す画面に心が震えました。祈るしかできません。
口内炎では無いが舌があれてしまった。インスタントのカップラーメンをたべたせいです。てきめんに舌が荒れる。夜、モヤシだらけの焼そば、例に依って中華スープ,日本酒と塩だけで蒸し煮にしたサッパリ焼そば。半分でも多い。蒲鉾を千切りにしてドッサリ。博多万能ネギをドッサリがニラになったので明日朝は大変だ。人に会うのに何故にこうなる・・・

急がせた為だろう?息子達のプレゼントのアレンジメントが水揚げが出来ていず、翌朝もう萎れていた。
可哀想なのでバラバラにしてチュウリップを救出する。ラナンキュラスは短過ぎて救い様が無い・・・アレンジメントの命は水揚げに要する時間をどれだけキチンと取るか!がポイントなのでグニャグニャに萎れたガーベラが哀しかった。
このところ朝の光を浴びるようにしている。
水平線を眺めながら・・・
昨日は凄く海がキラキラしていて眩しかった。が写真を写す時はもう輝きが失せていたので600メートルを越えたスカイツリーを久しぶりに写す。
親戚の婦人がワザワザスカイツリーの麓まで見学に行ってみたそうです。町並みの侘しさが目立ったそうです。
今まで見向きもされなかった場所、名も無い街が脚光を浴び始めているのを見て東京タワーの工事の頃の芝や六本木界隈を思い出した。
ごみごみとした坂だらけの汚い町並みだった。
スカイツリーの地元の街の人々が発展し続けるだけのエネルギーが未だ残っている日本だと良いな〜と切実に願う。
そう願いながら3月10日の空襲の悲劇がこの下町を焼け野原にした60数年前を想像してみた。
戦後,日本を復興し再生してきたのは政治じゃない。市民努力の力なのだ!を忘れないでいたい。
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