「黒猫と牧師」
牧師さんは言いました。
「おいで、君のために油イワシを一皿残してあるよ」
黒猫はドキっとしました。
昨日こっそり忍び込んだので叱られると思っていたのに・・・
二人の友情が芽生えた瞬間です。
牧師さんは忘れていました。
もう3年も前のこと、近所のカフェのおかみさんが保護した捨て猫を、
自分も一人だし、もらって来ようかと考えているうちに、
他所にもらわれて行ってしまった、あの黒い子猫のことを。
黒猫は忘れていなかった。
あの日、自分をすっぽりと包み込んだ優しい大きな手の感触と、
「来るかい」と言ってくれた低いあたたかい声を。
黒猫は牧師さんのところに行きたいと、心から思った。
ところが、黒猫を連れていったのは若いカップルで
気まぐれだった。
可愛がってくれる時はべったりで、何かうまくいかなかったりすると、
素っ気なかった。
そればかりか何かにイライラしている時は
黒猫に激しく当たり散らすこともこの頃多くなっていた。
黒猫はついに家を閉め出されてしまった。
それで5日間街をうろついていた時だった。お腹はペコペコで、
美味しそうな匂いに誘われて思わずのぞき込んだ家で
黒猫は牧師さんの歌うような声を聴いたのです。
あの声は、もしかしたらと黒猫は思いました。
その日から翌日も翌々日もそのまた翌日も、
黒猫は牧師さんの家をのぞいた。
牧師さんが立ち止まると黒猫も立ち止まって、牧師さんが
ドアを閉めそうになると急に家の中に入れて欲しくなってしまう。
そんなことを数日繰り返すうちに、
ドアの内側で待っていた牧師さんが不意に言った。
「来るかい」
牧師さんはにっこり微笑んだ。牧師さんもここ何日か黒猫のことが
不思議なくらい気になってならなかったのです。
「おいで、君のために・・・」
それは間違いない、あの声だった。
牧師さんはヒョイと黒猫の脇に手を入れて高々と持ち上げました。
黒猫はうれしくてゴロゴロと盛大に喉を鳴らした。
牧師さんは、思った。
・・・もしもあの時、3年前あの子猫をもらっていたら、
丁度このくらいの大きさかな。
黒猫は、幸せだった。
・
・「黒猫と牧師」 作 椎名 寿
PS
写真と文は椎名寿さんです。
巻頭の数行のみ私が写真を見て感じた感想をコメントしたら、椎名さんが続きのお話を作ってくださったのです。FBならではのコラボレーション?素晴らしい童話になっていますね。
私が書いた「君の・・・」と呼びかけた黒猫を対等にみる言葉に反応なさったそうです。
Shiina Hisashi さんは
宝物みたいな物語ができて、ほんとにうれしいです。いちださんの「おいで、君の……」の「君の」がなかったら生まれなかった物語です。憐れみも優越もない対等な目があったからです。ペットにするつもりはない、いっしょに暮らしたいと思っている牧師さんの姿が見えて来ました。
きみの、がいいのです。
油イワシもいいですね。
外国の童話を日本語に訳したような感覚の言葉使いで…。雰囲気がある。
光栄でした。永久保存のためにブログに載せました。