オールド・ボーイ
息子に頼まれたバージョンアップ用のCDを送るついでに何か映画のDVDを入れようと思っていた矢先、ムービー+1で「NOWHERE 情け容赦無し」を観た。1999年の作品だが凄く面白かった。
土砂降りの雨の夜、麻薬取り引きに絡む内輪モメから通称40階段と呼ばれる場所で殺人事件が起き、追跡する血気盛んな警官達との・・・と話は単純なのだが映像がスタイリッシュ。
物語の巻頭から犯人と警官が同じ店で顔を合わせてしまうのだが・・、警官だけは未だ犯人を知らない。我々観客は犯人が誰か知っているのでハラハラするのだが・・・犯人側の緊張感が観客の呼吸と同調するのだろう。手の中に借りたライターだけが残され、男は消えた。巧い導入だと思う。
しかも追い詰められる殺人犯を名優として名高いアン・ソンギが演じている所がなかなか曲者で、ほとんど台詞のない殺人犯のストイックな演技は見るべきものがある。
雨には雨、雪には雪、道具立てとしたそれらを徹底的に活かしたショットにカメラマンのこだわりが感じられ、工夫が見て楽しい。どこかで見たようなクロスカウンターパンチが炸裂する格闘シーンもアン・ソンギは年齢を越えいかにも強そうに軽々と演じている。恋人役がチェ・ジュウさん。若く殉職する警官が若い頃のチャン・ドンゴンだ。主役の警官のキャラも愛嬌が有って娯楽には向いている映画だと思ったので
「注文する?」とメールを出した。
「これは未だ、レンタルが始まったばかりで買えないよ、それよりオールド・ボーイ見た?これを見ずして現代韓国映画を語るなかれ」と返事が戻って来た。
実はタイトルの顔があまりにも惨めで、春から放り出したままだったそれを、そうまで言われちゃ観ねばなるまい、と朝5時頃から見始めた。正直言うと最初の15、6分は意味不明で不安が募った。つまり、これを好む息子が怖いかも!と僅かにだが思ってしまう。老母が降りて来て”一緒に観る”と言い出す、大丈夫だろうか?非常に暴力的な映画だけど・・。
一体この男オ・デス(チェ・ミンシク)は何故、犬のように囚われているのだろう、意味するものは何か?冒頭の大トラとなって警察で暴れていた小太りの中年男、あの間抜けたような小市民的男が、何故この暗い部屋で15年もの長き時間を監禁され、のたうちまわっているのだ。彼の罪とは一体?、それより私と母は何を見せられるのだろうか見当がつかないが息子の映画センスは気に入っている我々だ。
暫く見る内に総べての懸念は完全に消えた。実に魅力的な登場人物、女鮨職人ミドとの出会いから、冷血で美しく謎めいた監禁の依頼主イ・ウジン(ユ・ジテ)の出現で物語は急転直下、謎解きと復讐がせめぎ合い、なだれ込むような結末へと続くのだが、物語の底に流れる狂気と暴力はエロスを瑞瑞しく表現するための布石だったのだ。見事な役者陣と監督の知性に目眩がした。この際どい話がギリシャ悲劇にも匹敵する練獄の「痛み」なのだ。決して癒すことのない「痛み」
あの橋の高さから遥か下の水面までの妥協のない距離間とアングル...あの少女の靴と靴下の揺れるショット、観てよかった!と心から思いました。
言ってみればグロテスク極まりない話をこのような詩情とエロス、内臓を抉るようなロマンに仕立てあげる力量を持つ韓国映画人、実に恐るべしだ。
「美しい男が冷血を演じると、しかし怖いね」と私達親子はウジン役のユ・ジテの美しさが演技に依る際立ちであることに感嘆し、観終わった後に深く深く溜め息をつきました。
若き頃から映画通だった母が珍しくメーキングまでしっかりと観終え、役者が撮影に入る何ヶ月も前から肉体改造に励むのを観て「日本の役者は、ここまで身体を鍛え抜いて映画に入るだけの時間的余裕は無いわよね〜、やったとしても宣伝のお座なりで格好つけるだけでしょ、韓国の役者はこんなに訓練している、普段の顔と映像の顔が明らかに違うもの。身体を鍛えて‘精神’を演技してるから、叶うわけがない。」と言い切った。
息子から聞いた話では原作は日本の漫画だとの事、何と日本の漫画家は凄いものよ。果たしてこの映画が日本の監督だったとしたら?・・・・、ユ・ジテのような童子のような無垢な優しさに溢れた顔を怖く美しい存在としては、決して選ばないだろうとおもう。
階段を駆け降り駆け上がる内に記憶へと繋がるショットは見事で此の辺りから立ちのぼる香気は既に死を孕む。暴力の中にちりばめられたかくも美しき緊張を、とてもとても子供っぽくなり過ぎた日本では表現しきれまい。
デス役のチェ・ミンシクは・・・完璧だった。120点以上で顔が気持ち悪いと言った失礼を、大急ぎで撤回しました。失ったモノと共に雪の中を凝視する時の絶望しつつ縋りつく無垢な眼に拍手。
我々老獪に年齢を重ねて行くと、理解力が育ちどんなに暴力的なショットであろうが作りごととして、あっさりと視覚処理できるから後に残るのは美しいシーンのみ。
タランティーノ監督よりは断然に好きだった。
音楽が素晴らしい。