2019/5/29 水曜日

みだれ髪

Filed under: 人物 タグ: — patra @ 10:49:30


ある5月の風の強い夜中、どこからとも無く聞こえてきたのがこの歌でした。
3階の私の部屋の灯りだけが煌々と光る夜中です。
途切れ途切れに聞こえる歌声でした、
翌日、当時のアシスト君に「ね、ひばりさんて順天堂に入院してる?」と尋ねると、
「ご存知なかったのですか?下にTBSの中継車、いつも止まっているでしょう?」と教えてくれました。
当時、これ以上勉強した事は無いというくらい易経の勉強を夜中じゅうしていた私でした。
ひばりさんのお部屋と思える2階の角部屋から道を隔て向き合う私の角部屋の3階の灯りが見えたのでしょうか?幻かと思う歌声でした。
このキーの高い歌声は、ひばりさん?定かではありませんでしたが。
それっきり2度と聞こえて来ませんでした。
しばらくして訃報を知りました。
生年月日を調べて見ると、ひばりさんの納音は私と同じ沙中土、苦労の多い星のしかも孤独の比肩でした。
納音は同じでも私は母性の印綬です。

30年前の出来事です。

歌声はひばりさんだったのだ、そう今では信じてます。
何故なら、不幸なうっかりで腰の尾てい骨にヒビが入り寝たきりが2ヶ月も続いています。
苦しい時間、この歌を唄いながら退屈をしのぎ、自らを励ましているからです。
歌など日頃、全く歌わない私が電話口で歌うのを聞き、「よく覚えたね」と息子が笑う。

覚えるならこの歌、と決めて居たのです。

ひばりさんは6月24日に亡くなっています。

RSS feed for comments on this post.

© 1999 - 2019 Patra Ichida, All Rights Reserved.