2005/8/15 月曜日

象さんと白いパン

Filed under: 家族,時代 — patra @ 5:10:01

今日は終戦記念日です。
すいとんを作る日・・・全く具のない出汁もないすいとん。今ならまずくて、とても食べられない代物を命の糧にしていました。配給の饂飩粉を溶いて団子にした汁を、私が2〜5才くらいまで食べていました。お芋のツルや道ばたのヨモギ、口に入りそうな野草はなんでも刻んで入れてました。
カボチャやさつま芋が在る時は上等な方で土手のスカンポまで食べました。食べるものが無い恐怖は味わったことの無い人には決して理解できない感覚でしょう。

昭和21年当時、千葉の疎開先から母の実家深川まで行く途中、乗り換えの市電を待つ私と姉を連れた母を見て隣に居た女性が急にしゃがみ込み膝の上で風呂敷を開けると2枚の眩しい白いパンを取り出し、驚く母に押し付けて言ったそうです。
「お子さんたちにあげてください。進駐軍の払い下げで少しですけど・・」

恐縮する母にパンを渡す女性は涙ぐんでいたそうです。それほど私達姉妹は痩せて骨と皮だけ今でいうアイシュビッツの子供達のように目だけギョロつかせていたのでしょう。
合わさった2枚のパンをはがすと、たっぷりとバターが塗ってあったそうです。

何度もお礼を言い一電車遅らせてから母は其のパンを私達姉妹を袂で隠すようにして食べさせてくれました。
母はひとかけらも食べずにです。電車に乗れば沢山の飢えた目がその白いパンに注がれるに決っているからです。
トウモロコシの粉のパンやフスマ入りのパンしか無い時代・・・その良い匂いのするバターたっぷりなフカフカしたパンは一口噛むと頬がキュンと痛くなりました。
「痛い痛い、おいしい」と訳分からないまま飢えた私達は母の千切ってくれる指まで噛み付く勢いで飲み込でいたそうです。うっすらと記憶しています。

進駐軍に勤めていた女性は大方インテリな家柄、英語の出来るかつては裕福な子女が多かった敗戦の時代です。

東京で空襲にあった家族は食料と代える着物が無いので本当に飢えていました。配給だけではもちろん育ち盛りには足りません。疎開先の千葉で火事を出した母は工面しようにも取り替える着物すら無い。

そんな暮らしの中、電車賃を工面してでも実家へ子供を連れて行くほうが何日かの足しになったのでしょう。それでも、後妻さんが来ていた実父の元へ肩身の狭い思いをした!と母は今でも述懐します。
「蛍の墓」を見ては泣いてしまうのも忘れられない痛みとして、飢えが残っているからでしょう。
親兄弟に遠慮しながら、それでも生きるために頭を下げた若い母。

私が何度も大泣きしてしまうお話はかわいそうな象さん。戦時中、餌が無い動物園で、芸さえすれば餌が貰えると頑張った象さんは、結局飢えて死にました。

私たちが生き残れたのは奇蹟のようなもの、白いパンのような優しさを沢山頂いたからです。
一つ間違えば象さんと一緒の運命だった。そんな戦争はだから絶対に嫌なのです。

  1. パンの話

    朝から涙・涙。
    こういう時代があったんだ…と思います(イチダ パトラさんのBlogエッセイ「2005年08月15日 象さんと白いパン」より)

    祖父から「配給だけじゃ足りなかったんだよ」と闇市の話を聞いたり、祖母が赤ちゃんの叔母を背中にくくりつけて空襲の中逃げたこ…

    トラックバック by ハレハレ — 2005/8/15 月曜日 @ 9:59:47

  2. ハレハレさん
    はじめまして、象さんと白いパンをご紹介くださってどうもありがとう・・

    母が一番驚いたことは、あの時代戦火に合わない山手の人々は皆さん夏にも浴衣姿で千葉稲毛の海岸を夕涼みしながら歩いていたそうです。

    自分に降り掛からなければ火の粉さえ美しい、と思うのが人の性なんでしょう。

    母は空襲の最中でも私達の髪をクシでとかし、禁じられたリボンを万一の目印に頭に結んでくれていました。

    その瞬間でもどう生きるか・・・みなさんが知り考える事がだいじですよね。

    Comment by patra — 2005/8/16 火曜日 @ 0:50:18

  3. 体験していないことは、想像するしかないけれど。
    大河ドラマだって、体験することはできないし、想像することさえ難しいけど。
    自分に関係しないことは、考えることさえしないかもしれない。
    「自分さえ良ければ・・・、自分のことだけ・・・」

    話すことも、書くこともできなくて・・・うつむいてしまうのもイヤだけど・・・何もできない変人です。

    Comment by 変人です(^▽^) — 2005/8/16 火曜日 @ 17:53:43

  4. 変人さん♪
    あそびに来てくれてありがとう〜元気だった?

    うふ、若者らしいね。何もできないと言いつつこうして優しさを・・

    大河ドラマのことは..笑ってください。

    これ隠居のある種の責任の取り方かもしれないのです(大袈裟)。

    皆で又たのしく笑ってお話したいですよね。

    どうしているかな?山川さん、rosemaryさんkayoさん皆さん。去年のことが

    遠い昔に思えるくらい。喪中も半分まで漕ぎ着けましたが元気にしてます。

    Comment by patra — 2005/8/17 水曜日 @ 2:04:10

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