消せない記憶
父の部屋の整理をしている時、沢山のハンカチが入っている引き出しがあったので随分と長く使っていないハンカチの山を1度全部洗い直そうと引き出しごと開けてみると、古いお財布の中から聖徳太子のお札が数枚と古い写真..それらは全部息子が交通事故で怪我をした時に万一裁判になるような場合の証拠として写した写真だった。
傷の状態は医者から提供されるのでICUに居るときのギブスに巻かれベルトで吊られて居た頃のものだった。切れ長な目の賢そうな10才の少年が大きい前歯をみせて写っていた。こんなに可愛い子だったのか?結局裁判にはならず弁護士が何度も代わるはめになり適当に打ち切られた当時の苦い記憶が甦り万感、胸にこたえた。世事に疎い、元夫はタクシーの中に私の書いた裁判用の治療日記を置き忘れ紛失してしまい示談にするしかなかった。父は何もかも諦め、資料写真を誰にも見せず洋服ダンスの奥深くへしまいこんでおいたのだろう。ほんとうにだらしのない若夫婦で、散々苦労をかけた。我々に見つからないようにと隠しとうした年月を考えた。...思い出したくも無く、さりとて捨てることもできなかった数々の写真に父の30年間の沈黙の不器用でしかない愛を強く感じ・・・言葉を失った。