2022/2/5 土曜日

春菊を使い切る

Filed under: ビーガン食,料理 — patra @ 0:58:44


春の春菊が一番美味しいので、葉っぱは生でサラダに、茎は切って炒めて、大豆ミートの炙り焼きのレトルトパックが味が濃いので混ぜて中和させました。既製品の濃い味付けにいつも悩みます。
芽キャベツも茹でて味つけずに一緒に飾ります。

残った春菊は茹でて細かく切って、絞り、豆腐に練り胡麻、出汁醤油を入れて春菊と豆腐の白和えにして、全部使いきりました。

木耳と香草の茎のナムル、いつも出来たては香りが良くて美味しいです。牛蒡の炒り煮は先日の残り、いつも美味しい。

北京オリンピックの開会式を見て時間を無駄にしました。綺麗だったけど、もう何も感じない・・・雪の結晶の中のトーチのまま点火された小さい聖火が儚げで、果たして効果的なのか?サッパリ判らなかった。
おもしろいと思ったのはサモアの人か?裸で旗手を勤めていた人、あの極寒に勇気あるな〜でした。

眠くて参った、羽生君だけ見よう・・・


2022/2/4 金曜日

風君の節分のお面でした。

Filed under: 藤井風君 — patra @ 23:28:49

ちゃんと豆まきしたんですね。
what scares me the most is the devil inside, not outside.結局自分の中の鬼が一番怖い.

持っていて当たり前の感覚です。鬼は必ず己の心に住みつきますよ、あらゆる意味で高みを求める欲望、自分に決して満足しない心・・・だからこそ作り出せるのです、才能ある人の煩悩です。


2022/2/3 木曜日

今日のリハビリも無事・・・

Filed under: リハビリ先生 — patra @ 23:45:08

今回は少し傷ができたので用心のため、乗り移りのボード無しの練習はお休みして、いつもの運動を多めにしていただきました。
これから確定申告もあるので、疲れが溜まるので何とか乗り切らないと・・・自分で免疫力が下がっている気がしています。

節分の日でした。


節分のご飯

Filed under: ビーガン食,料理,藤井風君 — patra @ 8:24:28

恵方巻きに卵が入っていたので、外して食べる事に、これはお昼にヘルパーさんのボスがコンビニから野菜ばかりの小さめを買ってくださったので、まずは風君に写真をお供えしたお下がりです。

薬味たっぷりの納豆と小さい雁もどきを煮て、白菜のトロトロなお汁の実だけ、ビーガンにとってはご馳走の大豆のソーセージを辛子たっぷり付けて美味しかったです。

付け合せは蕪の葉と大根の千切り炒めは昨日と同じです。

でも太巻き分、多かったかな?

「サクサクしようゆ」は風君のライブ中のアップ写真から知りました。これが美味しくてリハビリの先生もはまって、一緒にお取り寄せしたのです。お店にないらしいのでパッケージを載せておきます。キッコーマンです。

風君も納豆ばかり食べてるようですが、このサクサク醤油を使ってるとは素晴らしいです。

本当は味のわかる、つまり何でも秀でた鋭い天才なんだな〜〜


2022/1/31 月曜日

特効薬は風君とリハビリ先生。

Filed under: リハビリ先生,藤井風君 — patra @ 22:36:50

世界中がマスクだらけの中、一際美しいマスク姿の青年が藤井風です。彼の歌が療養中の私にとって特効薬で有り恩人でもあるのです。

風君の癒す力は弱っている人間に、まるで天の啓示の様に、歌詞が深く働きかけますね。

2017年に風君を発見し、この魅力的な青年は何者?とYoutubeを漁っていた私です。

特に驚いたのは「ホテルカリフォルニア」の弾き語り・・・正直鳥肌が立ちました。


 
しかし、全く藤井風という人の背景は解らぬままでしたね、当時は。

運悪く2019年の3月に、魔女の一撃、ぎっくり腰となり、ベッドから転げ落ちて第五腰椎圧迫骨折になった私は、音楽だけが救いでノートパソコンを抱え込んで彼の動画ばかり追いかけて過ごしました。

元々難病の筋肉疾患を患っているので、不自由には免疫がある私でも65歳から2度、77の最後になって3回目の骨折には「我ながら相当の罰当たりな奴だな」と酷く狼狽えました。

見栄っ張りだから、落ち込むより先に恥ずかしかったのですね。

しかも、家族はパリ、東京では一人暮らしですから・・・でも、彼等には帰って来なくて良いとシッカリ伝えてました。

普通なら鬱状態の筈ですが、時、同じくしてコロナウイルスの蔓延で自粛が世界中に広まり、時間だけがたっぷりある生活が、実は救いだったからです。

自分だけが不自由じゃない、しかも難病認定が国に通り介護サービスも目一杯受けられる、という幸運がついてきました。

「不便も感じないし、みんな親切だし」と脳天気な自分に戻ったからです。

来る人ごとに風君を知ってる?「え?知らないの?」と布教しまくっていました。

風君も2020年1月24日に「なんなん」でシングルデビューし、驚きの才能を見せてくれるので熱は更に急上昇、デビューした風君に惹きつけられて、日に何回も探索する時間が増えて行ったのです。

5月に待望の CD が出ると一気にファンが増えました。

骨がヤット付いた半年後にリハビリを受ける事になり、あらま〜リハビリの先生も凄く景色の良い186センチの好男子!何と幸運でしょう!と俄然、張り切り出した私です。

起きるだけでも目眩がして体を動かすのが怖かった私に、マイケルのビリー・ジーンの歌に合わせて踊るリハビリから始めて下さる臨機応変な先生だったので、たちまち意気投合しました。
踊ると言ってもクネクネ動くだけですが、先生も一諸に踊って下さる付き合いの良い優しさでした。

風君の音楽と一諸に歌ったり、踊ったり、ベッドから車椅子への移乗練習や、あらゆるエクササイズを地道に続けたら、2年半で遂に料理も出来るまでに回復してきました。リハビルの効果は素晴らしいものです。

デビュー以来、風君の活躍の勢いは目覚まし限り、舌を巻くほどの大躍進に、負けじと吊られたのは勿論です。

報道番組出演!から、武道館へ、更に雨の中のフリーライブで世界のトレンド1位!、車のCM!キラリのヒット、全国ツアーに燃えよのヒット!NHKの特集からついに紅白出演まで!・・・夢の様でした。

一方私は!と言うと、あと一歩ができないままです。メルド!

流れてくる風君の歌詞が心に響き、彼のして来ただろう努力を思う時、この時代を同じくして出会い、応援できる喜びはどんな励ましや薬より効き目があったのです。

一言一言のフレーズが「私の為に?」そう胸に染み込むのですから・・・「Kazeyo」は私のテーマ曲と決めました。

風君のどの歌も心に響きました。3月に齢80になります。長生きしたお陰で風君に出会えました。

リハビリの先生の根気良い指導と共に、今も風君に励まされながら、共に歩んでいるつもりなんです。

完治しないのは治療法のない難病のベスレム・ミオパチーの所為ですからね。でもめげません。
 
お二人に感謝しながら日々を楽しく暮らしています。

介護に携わる大勢の方々の助けを頂きましたのは言うまでもありません。深謝。


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