すいとん
終戦記念日に何年振りかで「すいとん」を作ってみました、茄子とインゲンだけ、当時は1種類の野菜が入っていれば大ご馳走でした。」
うどん粉の焼いたもの、これは父が当時3歳の私に作ってくれたもの。
あの思い出してもせつない食糧難の時代にこうして僅かばかりの配給の食糧や粉、着物と交換する南瓜やサツマ芋で生き延びてきたのです。
父はある時千葉の海岸近く実家の母親の別荘に我々を引き連れて引っ越ししました。居候です。母が社宅を電気コンロにかけっぱなした薬缶で火事をだしたからです。
満州から日光、市川、千葉と流転した父も火事は予想外だったのでしょうが何一つ母に小言は言わなかったそうです。
一切の家財道具を失った父は他に術がなかったのでしょう。暗い終戦でした。