2020/12/31 木曜日

ビーフシチュウのパイ包み

Filed under: 未分類 — patra @ 13:19:36


2020/12/15 火曜日

風君が「優しさ」について語っている

Filed under: 人物 タグ: — patra @ 12:33:25

これは他のサイトからのコピーです。記録として・・・

『はじめまして、藤井 風です。
5月のPOWER PUSH!に「優しさ」を選んでいただき、本当にありがとうございます!
せっかくなので、この曲について、ちょっと語ってみたいと思います。

「今何を見ていた」「あなたの夢を見た」「あの人の木陰で」
このサビの歌詞は、メロディとほぼ同時に出てきました。ƪ(˘⌣˘)ʃ
でもイマイチ、この曲は何がテーマなのか、自分でも分からずにいました。

その頃、ワシは、
地元のミュージシャン先輩たちに背中を押されて、
それまで恥ずかしくて誰にも聞かせてなかった自分のオリジナル曲を、
初めて人前で披露することになっていて、
せっせと歌詞を完成させる作業をしていました。

そんな時、とにかく優しかったその先輩について、
その優しさにワシがいかに感動したかについて、
歌詞を書いてみようと思いました。
次第に、この曲は「優しさ」というタイトルなんだと分かりました。

優しさって、尖った、硬くなった、そんなものをすべて溶かしてしまうような強さがある。
優しさは、弱くて、頼りないものなんかじゃなく、
優しさは、強さ。
優しさって、最強。
優しさがあれば、それだけでもう十分。
そう思いました。

最終的にこの曲は、性別も、年齢も、生も死も、何もかも超えた大きなもの、
つまり、「優しさ」に対する賛歌、
「優しさ」へのラブソング
と呼ぶべきものになりました♡

そして、この曲は、実は人生で初めて(「何なんw」「もうええわ」よりも先に)
レコーディングしたオリジナル曲でもあります。
今聞き直すと、少し緊張しているのが自分で分かります。(^_^;)

この曲は、すごく優等生な感じのメロディなので
普通に綺麗なアレンジではダメだと思いました。
ちょっと複雑で無機質なビートが欲しいと思いました。

アレンジャー/プロデューサーのYaffleさんは、
伝えたイメージを、忠実に再現してくれたり、
また、自分では想像もつかなかったような斬新なアイディアを提案してくれたりする素晴らしい音楽プロデューサーです。

なるべく音数を減らして、メロディを際立たせること。
思い入れの少ない2番は丸々カットして、曲のテンションを保つこと。
Yaffleさんの、その引き算の美学のおかげで、
この曲は、ただ綺麗なだけじゃない、超かっこいい曲になりました。

そして完成したこの曲は、曲だけで景色が広がるような作品だと感じて、
だから今までにリリースした2曲とは違って、視覚的なイメージ、
つまりMusic Videoのイメージが自分の中にあまりなかった曲でもあります。

なので、この曲のMusic Videoを作るにあたっては、
初めて、監督にすべてをお任せしようと、委ねてみようという気持ちになりました。

この曲の監督を務めてくださった山田健人さんは、
怖そうだと思ったけど、ほんとはすごい優しくて、
近寄りがたい感じだけど、すごい包容力があって、
鋭い目だけど、笑うとすごく可愛い、
不思議な魅力にあふれる方だと思いました。

そして、愛にあふれた撮影現場で、
優しさを様々な角度から芸術的に表現した、
美しくて、でも美しいだけではない奥ゆきのあるMusic Videoが生まれました。

たくさんの人の、たくさんの思いがつまったこの作品が、
このPOWER PUSH!をきっかけに、
よりたくさんの人の、たくさんの思いを一緒に乗せて、
優しさがどこまでも広がる世界になったらいいな。
と思います^^

ありがとうございました!』

山田健人監督の次回作「へでもねーよ」に対する風君の思いも聞きたいです。


2020/12/5 土曜日

藤井風のへでもね〜よが響く

Filed under: 藤井風君 タグ: — patra @ 13:01:37


2020/11/23 月曜日

夢のツーショット

Filed under: 藤井風君 タグ: — patra @ 14:35:27

お友達から奇跡のプレゼントが届きました。
カナダにお帰りになった、大の風ファンの晶子さんから、分厚い封筒が届いたのです。

何だろう?プレゼントしてくださるというワインのことかな?と封を開けてみたら長いお手紙が美しい文字で3枚も綴られていました。 ワオ!

まだ一度もお会いした事も無い彼女は私のブログやFacebookで風君の事を知り、人生が変わるほどの衝撃を受けたのだと、綴られていて、私に感謝している!との内容でした。

藤井風の才能を知って欲しかったので、非公開の風ファングループじゃなく自分のブログやFacebookでせっせと藤井風君の布教活動をしていたのです。
 だって類稀なる才能を知らずにいるなんて日本人として勿体無いですからね〜

 
呆れられながらもせっせと一般の人にも知って欲しくて。
その結果、かなり風ファンは増えました。
 
晶子さんは私を「隊長」と呼んでは親しくコメントもくださった。
 

優しい彼女は難関の武道館チケットもゲット出来、2階席ではあっても生で風君を感じる事もできた方でした。
普段は日本とカナダで半分ずつ暮らしているそうです。
  

それにしてもなんて上手なアレンジでしょう。
私は舞い上がってしまって、まだ興奮しております。
 
足が不自由で風くんのライブなど、足を運ぶ事など不可能な私を「隊長、今度は一緒に行きましょう」と元気ずけてくださるのです。
 
私のサイトを知ったきっかけは女優の風吹ジュンさんに似てる、とご友人に言われて、最近の風吹さんを検索したら私と仲良くしてるブログ写真に辿り着いたそうです。
縁ですよね〜〜〜

私の大好きな風吹ジュンんちゃんが繋がるヒントで、そこから藤井風くんへ繋がった奇跡です。

人を喜ばせることが天命のような晶子さん、出会えた私は幸せです。


2020/11/17 火曜日

薬の間違いが大ごとに

Filed under: 人物,腰痛日記 — patra @ 12:54:13

怪我というほどの事も無い僅かな引っかき傷が、昔の火傷跡の弱った皮膚について居たのです。
膝のあたり3箇所ほど、室長さんが足を洗ってくれた時も5ミリくらいの血のカサブタ3箇所でした。

これはヘルパーさんが何度も弱い皮膚なので注意してね、と言っても指が当たり、というより爪が刺さり、血が出て居たのです。火傷は完全に治って居ますが、とにかく皮膚が弱いので用心し、包帯、スパッツもつけて居ましたが、健康な人は手荒いつもりは無くとも傷になってしまった。
   
 
私の失敗は皮膚専門のお医者さんじゃ無く、かかりつけ訪問医の内科の先生に診てもらった事です。
薬が合わず、膝だけでは無く古い火傷の痕まで強い薬を塗ったら、途端にベロッと赤むけになり一向に治らない、血が出てしまったのに、先生は更にピンセットでめくれた皮膚を剥がしたのです。3週間くらいその治療でした。
 
薬を変えたのも3回ほど、一向に良くならず1年もその治療を続けてしまい、私は内科医を2度も変えてもダメなので絶望してました。いまの主治医は3回目、循環器内科の先生が往診医になってくださいました。

 
去年の暮れに息子がお嫁さんと看病に戻り、足を見て驚愕!そして叱られました。
「何で専門医に見せないんだ!?皮膚科の先生に見せなさい」
だってこんな姿を恥ずかしい、と1年に及ぶ闘病生活を恥じる私に
「バカ言ってるんじゃないよ!全く!」と大激怒。 「ひ〜」

そしてアレルギーでお世話になった皮膚科のヒロ先生をお正月明けにお願いしました。
 
「これは細菌を調べましょう」
安心の見慣れた笑顔で皮膚組織を採取してくださいました。

 
結果は何にも悪い細菌(白癬菌とか破傷風とか感染菌)の類は一切ないから、と顕微鏡の結果を報告してくださり、新たに
薬を処方し直してくださった。
 

それでも治らない。
 
「皮膚が弱い上に、寝たきりで血流がとどこおているからね」
 
と先生も3回薬を変えてくださって、月曜、水曜、金曜のお風呂日にきてくださる看護師さんと頑張って薬を塗って包帯し続けました。
 
 
10月ごろから良くなり血も止まり、上皮が出来つつあり大喜び。

 
そして11月、生ま生ましかった傷が乾いて痛くない。良かった〜〜治る兆しが顕著で看護師さん3人も大喜びでした。
 
結局、今回の学びは専門外の先生では埒が明かないということを肝に命じました。
 
薬も合う、合わないが人の体質によって 違う事も知りました。
ヒロ先生、ありがとうございます。恥ずかしがらずにもっと最初からお願いしないでごめんなさい。
 


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