昭和の虚無を駆け抜ける三島由紀夫
三島由紀夫の自決から既に45年も経っていると知り,国民のほぼ半分はもう彼を知らない世代なのだと知って愕然とした。
エッセイに「夜間飛行」と題して当時の衝撃を書いている私にも長い時間が流れているのだ。
ドナルド・キーン氏は三島の佳き理解者である。思い出の語り口にも愛がある・・・
記憶が正しければキーン氏は大伯父の宗教家、友松円諦の書斎にも若き頃出入りしていたような気がする。日本人より日本を愛している学者さんです。
詩人の高橋睦朗さん「三島は大虚無の人」言いえている。
薔薇刑の写真集の装丁を書き交流のあった横尾忠則さん、彼の描く三島は本人の本質を鋭くしかも美しく表現していたと思う、やっぱり愛があったのか
当時丸山明宏で銀巴里に出ていた美輪さんを見初めたのも三島が早かったと聞く・・・当時、防衛庁長官だった中曽根さんの事件後の厳しい一言があの時代の無関心さを現してた。
自決の前にも逢っていたというのに・・・「だれも評価しなかった」
三島の憤死が今も切なく蘇るが、今こそもう一度,三島由紀夫を評価すべき時代である。早過ぎた生。
「20歳で時代遅れを感じ,愕然とした」という三島の言葉が本当に切なかった。
この番組を見ていたら,イスラム国の人質の独りが殺害されたとニュースが入った。
この平和ボケの日本を三島が知ったら・・・声もなく落胆するだろう。