2011/4/4 月曜日

後藤新平の眼差し

Filed under: 人物 — patra @ 1:28:26

IMG_2669後藤新平が大好きです。

私の中では理想の男性像1位なので大事に写真を飾っていました。
この数ヶ月、何でしょうか?気配を感じて後ろを振り返ってばかりいる私でしたが・・・その度に神棚の隣りに飾った後藤新平の写真と目が合ってしまいます。
「何か伝えたい事でもあるのでしょうか?」と、にっこり微笑み返しても当然ながら無言。でも振り返る意味もわかりません。

このガラス器があの東日本大震災の揺れで全く動きません、壊れません。これって考えると不思議な気がしています。
実際は大きく揺れていたのですから・・・

地震前の数週間、訊ねて来てくれた人々には、しつこいほど地震の話をしていました、保存食にはレーズンが凄く良いとか教えたり・・
で今日,気がついてしまった!
気配を感じて振り返ってばかりいたのは、多分新平さんが、地震の危険を知らせようとしてくれていたのに違いない。
そうか、遂に、余りに大好きだったので気配を送ってくれていたのでしょう。
そう考えると護られているように有り難い気分になってしまった。

昭和道りだけは現存しているが、あの広い道路を計画したのが後藤新平だ。関東大震災の帝都復興院総裁だった氏の都市計画は素晴らしいものだったらしい。が、あまりに大胆、且つ膨大な予算が掛る為に議会では「却下」されてしまったという逸話が残っている。氏の亡くなったのは1929年4月13日です。今から考えると未だ若い。

海水の中に放射能の汚染された水が流れ込んでいるそうです。今、熱望するのは大胆で合理的、且つ的確な判断で問題解決に尽力してくれる後藤新平のような人です。そんな人が日本に出て欲しい。

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