勇気

結婚を決めることは男にとっても女にとっても勇気が一番いることなんじゃないだろうか?

愛だけで済んでいた恋人関係が責任が重い契約に取ってかわるから。
たった紙切れ一枚の事なのに心理的に大きく変化する、いったいこの重みはどんな感情を若い二人にもたらすのだろう?
ちょっとわくわくするような気持ちで二人の未来を祝福するためのお祝膳を用意する。自分が失敗しているからといって何も若い二人にまで臆病にさせることもない。援護射撃をしてあげる楽しみが増えたというもの、2日がかりで料理の下ごしらえをする。
牛タン2本をステンレスのスープ鍋に入れお水を張る。月桂樹の葉数枚、セロリの葉っぱを沢山いっしょに入れて2時間、はじめ中火よりやや大きい火かげん、煮立ってから弱火にしてじっくり煮込む。
タンは一度火を落とすと二度と柔らかくならない性質があるので下煮は充分にする必要があるのだ。最近電磁調理機に変えてから特に火かげんが気になる。
煮上がったらタンだけ取り出し、別の平鍋にタマネギの半月切り大2個分敷いて、厚切りにしたタンを並べ、ボルドーの赤をほぼ3分の1本入れ、お玉で茹で汁2杯加える。香辛料(ナツメグ、コリアンダー、ローリエ、セージ等秘伝のブレンドを入れる)スープストックも2〜3個、そして塩胡椒少々、ぴったり蓋をして45分中火から弱火で煮込むのだ。

煮上がるあいだ部屋中にワインの香りがむせるように漂うが、暫くして何ともいえない良い匂いに変わる瞬間がある。こうなったら火を止め一晩おいて置くのだ。
魔法が、冷めていく途中でかかるから味見は翌日にするほうがいい。なぜなら熱いうちは味が熟成されていないので濃い味付けになりがち、品が悪くなるからである。 特にワインを使った料理には冷まして熟成させる必要があるようだ。
料理といえども時間をかけるのとかけないのとでは仕上がりが違う。なんか人生に通じるな〜とか、幸せとは小さい積み重ね?とかぼんやり考えながら今度はタンの茹で汁をべースに人参、長ネギ、蕪、ズッキーニ、トマト、玉葱などでクスクスのソースのべースにする。
料理は誰もが寝静まる夜中に下ごしらえすると集中できて良いし狭い台所を自由に使えて楽なのだ。 いつも独りで鼻歌まじりに呆れる程時間をかけて最後のお掃除までをのんびりやる。

翌日はゆっくり起きてお花を飾ったりテーブルクロスを変えたりして食器を揃えたり、仕上げをするのだが、ふと両親の昼食を見るとステーキなんか食べているので慌てる。 打ち合わせをしておいたのに母は今晩タンを食すことをコロッと忘れている、朝までお魚のつもりだったのが何処かで回路が変わったらしい「ど〜してか忘れた。」とぺロッと舌を出している、世話のやける人だ。
残すように言ってから仕上げに掛かる。 タンは父の大好物なのだ。さっさとお皿を押しやる父が可笑しい。
マッシュルームをバターで炒めフオンドボーを入れて塩、胡椒、ボルドーの残りで煮詰めてこれがタンの上にかけるソースになる。つけ合わせは相変わらず人参のグラッセ、椎茸のバター炒め、茹でブロッコリーとする。 タンは柔らかく美味しくなって味の追加はほとんど要らない。
サラダ菜の上に赤、オレンジ、黄色ピーマンのマリネを使う。緑のオリ−ブの実も飾って赤い粒胡椒をちらす。見た目完璧。
そこへ若いふたり、KYOとフミちゃん登場。晴れやかでぴかぴかな笑顔が眩しい。
困難もふたりなら乗り切れる!昔そんな希望に燃え結婚を決めた勇気を思い出し、彼等には持続しますようにと祈りながら招き入れる。
面白可笑しい話なんか交えて地味に楽しく宴会。

御機嫌な父がシェリー酒の壜を手にとって盛んに絞るのでおかしいな?と見ているとまだしきりに口の所を絞っている。
「なんで壜絞ってるのよ?蓋は空いてるわよ」声をかけると「ああっ?」と照れ笑いして自分のグラスへ注ぎながら「日本酒のほうが旨いや」と憎まれ口。「かわいい〜」とフミちゃんにっこり、こんな家族のところへようこそ、君の勇気に乾杯。

愛は料理と同じよ、ゆっくり時間をかけて熟成してね、胸のうちから囁いてみる。


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