罰って当たるかな

我が家はすこぶるマンガチックなので書くものと大層印象の違うらしい私に戸惑う御人がいらっしゃる。
日常生活で気取っている閑がとんとない。
呆れたり、爆笑したり、落胆したり大忙しの漫画人生が日々、連続して起こるからである。常識をこえるマンガチックなトラブルは言うまでもない我が家の老人ふたり。無邪気なふたりが代わる代わる巻き起こす陳騒動、ちょっと御披露してみよう。

みなさん枕団子というものを御存じだろうか?
通夜の前に取急ぎ枕許に供える枕花と一緒に置く御団子のことである。
御霊(みたま)が成仏できるように、飢餓地獄へ落ちた亡者に纏わリつかれて天国への道を邪魔されそうになったら、やおら懐からこの団子を1個、また1個投げ与え、餓鬼地獄に落ちた亡者が群がり貪るすきにとっとと逃げる・・・そんな民話にでてくるような言い伝えの御団子は、だから亡くなるといの一番に用意して死者が天国の階段へ無事辿りつけますように祈りをこめて供える大事な大事な御団子のことだ。

時代劇にでてくる貧乏長家では、山盛りにした御飯に箸2本立ててあるのも飢餓地獄へ落ちないように、そうした故事から来ているのであろうが、まさか今は体裁よくそんな風習も御団子に取って替わられ、御葬式業者が代行してくれる場合も多いとか。

むかし知り合いの長老から「枕団子をすぐ用意するのを忘れないように」と常々聞いていた私は姉の夫の義父が亡くなった時も電話でそんな指示をした。
床を敷いて枕花、枕団子を置いてご遺体が病院から戻るのを待つように・・・と。
姉は無事にそれらを整え周囲からも嫁株を挙げたようだった。

ところが今回、母の幼馴染みの従兄弟である叔父が急死した。
81歳であったから大往生ではあるが両親は彼に葬儀一式を頼むつもりでいたから大層落胆したようだ。
叔父は僧籍で同門が大勢親類縁者にいたのだが、誰も気が付かなかったのか枕元は見事な枕花とお灯明と線香だけだったらしい、
正座出来ない私は広間での通夜や密葬は出席できない。花篭を送り事の次第を詳しく両親から聞いているうちに案外寺の人間が迷信を信じていない事に気ずかされた。
亡霊なども霊魂なども全くといって言いほど信じない。日常を墓の側や寺で暮らすわけだもの、それはそれでスッキリと科学的で良い事だが、枕団子の言い伝えのような人間的解釈も嫌いでは無い私は悩むのだ。
御団子を投げ与えるすきに天国へ逃げる・・という解釈、御団子くらいで天国へゆけるなら両側に山ほど供えよう・・・不謹慎な下心でも救われるならお安いご用・・ではないか。
そんな気休めの枕団子が大好きな叔父さんの枕許に無かった、と母は言い切った。
「第一、いままで誰にも枕団子なんか上げたことが無いわよ!寺の習慣では。」とも。
お寺とはそうゆうものなのか?
真面目にお修行したお坊さんじゃない世襲の文学青年でお坊ちゃんだった叔父。
17日の本葬まで2週間以上、叔父は御団子もなく魑魅魍魎を相手にどう逃げ切れるというのだ。
いささか不安になった私は母に近所のお菓子屋へ行かせた。

「枕団子ですね〜ハイ、ってすぐ蒸してくれたの、たいしたものね、梅月さん。
お金要らない、御供養ですからって無料で下さったのよぅ、恐縮しちゃったから黄味時雨れも買ってきたわ」
嬉々として戻ってきた母の報告に私もお店の鷹揚さに驚いた、月見団子のような新粉餅を12個づつ山にしてふた組仏壇にお供えして
「あんな小さなお店が繁盛してるのには、この心くばりがあるからなのね」と感心しつつ、きっと父が亡くなったと思ったのだろう、とちょっと後ろめたい気がしないでもなかった。
近所で評判の長生き夫婦な両親だ、ま、今後和菓子はそこで買いましょうと短絡的な結論の私達、南無阿弥陀仏と手をあわせる。

しかし父母の年令になっても我両親は一度も肉親や友人を自分達の手で葬儀を取り仕切ったという経験が無い。これは幸運というか不運というか。兄弟が多くそ〜いった巡り合わせにならずに済んでいた。

自分の親の枕元にも枕団子など無かったそうだ。「迷信さ」理科系の父はにべも無い。
「お棺に入れるのを見た事がある!」と母。呑気なものだ。

ま、気休めでもアキラ叔父ちゃんが安心するように本葬儀までお供えしておきましょう〜と私。
ひびわれてくる御団子が気になっていたが17日まで置くことにした。
それにお団子に目をやるとなぜか妙に安心もした。
ところが!
それが昨夜、家で14日の息子の入籍記念のお祝膳の下ごしらえのついでにと仏壇にもお裾分けを!と目をやると・・・?御団子が無い。

あれ?たしか昨日の朝はあったのに、片側の三方だけからっぽなのだ。
ネズミでも引いていったのか?しかし今頃カチカチに堅くなってから持っていくなんてドジなネズミ・・・謎だ。

朝、よもや、と母に聞くと、
「あ、あれね〜、煮ても焼いても歯が立たなかった、どうりで棺桶にそのまま入れるわけだ」とケロっと答えた。

ゲ、食べちゃったの〜?何それって罰当たりぃ〜、本葬まで気休めでもお供えしておこうょと言ったのにぃ。
すると母は
「だって、お通夜の枕許に置く御団子でしょう?もう間に合わないでご遺体、焼いちゃったんだもの、投げようにもアキラちゃんに身体が、もうないじゃない」・・・澄まして答えた。
どんなものか試しに味見みしたかったらしい。いやだいやだ慌てて鐘を叩き手をあわせる。
私はこんな不埒な老人と日々暮らしているのである。落ち落ち呑気にしてはいられないのである。

信心深い御人が長生きってのはすこぶるあやしい。


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