パンドラの函 1

我が家のペットとなった黒ウサギのO.J.ソクラテスは、感情を持ったウサギで、人間的動きをするへんな奴?だった。 
台所に転がしてあるキャベツにつかまりハグハグ盗み食いをしているところを見つかると、キャベツに背中を向けて寄り掛かり知らないふりをしてみせるのが素早くしかも上手だった。 何時も笑ってしまうほど漫画的動きをしてみせるのだ。
赤い目をして絶えず口をモグモグさせている白ウサギとは違い表情豊かで行動的だ。 前歯をむき出すと笑ってみえる。 後ろ足で立ち上がると背伸びしているようだし、とにかく可愛いい。 
冬になり板の間に炬燵を出す頃になると傑作な動きをはじめた。 天板がツルツルしているので初めは歩きにくそうにヨタヨタしていたり逃げようとして滑ってしまったりしていたが、一度滑った事が面白かったのか、何度でも勢いをつけて滑っては縁のところで止まる動きを見せるようになり、それはディズニーアニメに端役で出てきて滑稽な仕種を見せるウサギキャラのようだった。 
前足を上に浮かせてお尻に体重をかけてツーっと滑ってみせるのだ。 この漫画的動作を目撃した時ディズニーのキャラクターは本当に時間をかけた動物観察の中からそれらしい動きを擬人化しているに違い無いと確信したほど、それは見覚えのある動きだった。 一日中見ていても飽きない。 
「遊びにおいで」と友達がさそってもO.J.ソクラテスが心配だから否だ!と断ると「ウサギを連れて一緒においで」と誘われるようになって堂々たる家族の一員と認められた。 
大きくならないウサギだったのでバスケットに入れて何処へでも連れて歩いた。 一度気絶してすごく驚いたけど裏の農大の学生獣医さんに見せたら糞詰まりだといわれたぐらいで無事冬を越す事が出来た。 注意すべき点は踏まないようにするだけだった。
春がきて庭の草木が芽をふきだすころ珍しく家にいた夫は朝から面白がって息子とO.J.ソクラテスと遊んでいた、庭へ出して日なたぼっこさせようと草の上におろして2人でなにやら楽しそうにケラケラ笑い
「オスカーおいで」
「ジョバンニソクラテスだよっ!パパ」
長過ぎる名前を適当にちょん切って呼びながら騒いでいた。
「いいかげんに上がってきなさい、外はまだ寒いんだから」
部屋にもどってきた二人と一匹はご機嫌だった。 私の手のなかに戻ったオスカージョヴァンニソクラテスは嬉しくてたまんないふうに鼻の穴をヒクつかせ黒い目をぐるぐるさせて体中で笑っていた。 
湿った足を拭いてやり床におろすとお得意の炬燵の周りをチョロチョロひとまわりしてからソファーの下にもぐりこんだ。 お昼寝のじかんなのだ。 
私達の共通の友人である先輩のMがやってきた。 
イラストレーションのアルバイトの仕事をもってきてくれたのだ、ジョヴァンニソクラテスも顔馴染みの彼だ。 雛祭りの日にはMの新居におよばれしたばかりだった、3人と1匹で。 
眠そうだけどちゃんとソフアーのしたから這い出してきて挨拶するO.J.ソクラテスを全員が愛情の目で眺めたっけ!
それが最後だった。
打ち合わせもおわりMも交えて遅いお昼を食べる頃、いつも出てくる食いしん坊のO.J.ソクラテスが出てこない
「遊び疲れたのかな」
フッと嫌〜な感じに襲われた。
何時もなら呼ぶと何処からでも転がり出てくるのにシンとしている。 胸騒ぎがして夫やMに探してもらおうと席をどいてもらったとき、立ち上がった夫の後ろからコトンとO.J.ソクラテスが倒れた。 夫の腰に寄り掛かるようにして死んでいたのだ。 

話しに夢中になって圧死させてしまったのだろうか?全員なんの音も聞いていない。 第一黙って潰されているようなO.J.ソクラテスではない。 庭で毒草を齧ったのだろうか?
ついさっき私の手のなかであんなに嬉しそうに笑っていたのに!

嬉し死に?そんな言葉があるとも思えないが、それはあまりに突然で理由も考えられないほんの僅かな時間だっただけに、私にはそう思う他無かった。 以前気絶したときは体があたたかく息もあったのに。 
今、手の中の彼は既に冷たい。 Mに挨拶して又ソフアーの下に潜り込むのを全員が笑って眺めてから40分と経ってはいない。 
オスカージョヴァンニソクラテスは幸福の絶頂で嬉し死にをした。 そうに違い無い。 
そう考えるより他にこの突然死を受け入れる理由はみつからなかった。 ガスが漏れていたのか? 何か拾い食いしたのか?ありとあらゆる理由を考えた。 嬉し死に以外想いつかなかった。 いつもの農大の学生獣医さんに見てもらいお腹の中も調べてもらったが毒草らしきものも見つからなかった。

自然死だという。 昼まで走りまわっていた庭のモクレンの木の下にみんなで埋めた。 
私も息子も泣きどうしだった。 夫とMは黙って煙草の煙りを目で追っていた。 
愛されるものの寿命は短い!そんな切ない死であった。 
自分の大切なレゴを一緒に埋めたことを息子は記憶しているだろうか?

つづく


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