焼きそばバトル

そういえば、ぱとらってカレイライスとかハンバーグって作らないね、何故?と息子に聞かれた。
「あ、それはね、お婆ちゃんとバッティングしないようにしてるのよ、どうしたって年寄りの献立はレパートリーが少ないでしょう?居ないときに面倒みてもらうのに、私がカレーやハンバーグ作っちゃ彼女の地位を脅かすことになるじゃない・・・」
「なるほど、一理あるね」
こんな会話が交わされたのは中学生頃の事だ。暗黙の了解のもと、これらのメニューは私のつくる食卓には決して登らない。ハンバーグと同じ材料はニラの微塵切りを混ぜられ黒胡椒を利かせ、鉄皿に平たく広げられてオーブンで焼かれ、エスニックな料理に変身して出されるのだ。
数年後、仕事量が減って閑になったので家事をよくこなし、事務所にいる助手も交えて食卓を囲む時期にもだからカレーは出なかった。ある日、
「あの、カレーをお嫌いなんでしょうか?」と質問されるに至った。
カレーが全く登場しないのが余程不思議だったのか
「ううん、別に嫌いじゃないけど好きでもないな・・・」と答えると息子が横から思い出したように
「物心ついてからぱとらのカレーを食ったことがないや」と言い出した。
すると助手のN君は珍しく大きい声で
「それはいけません。男はカレーや焼そばが好きなものですよ、ねKYO君?」と同意を求め、 「わたくしが材料を買って来ますから作ってみましょう」と張り切った。
仕事が入っていない時の暇つぶしには料理は一石二鳥、さっそく家庭的な市販ルーを使うおばあちゃんスタイルじゃない本格的カレーを作る事になった。

香辛料を買うのにも生涯であんなに沢山買ったことはない、というぐらい集めて本格的ってのはお金がかかるものだと後悔しても後のまつり。手間もコストもかかって往生した。
どうやらコツは炒める時必ず生姜を使う事、鶏肉は骨付きの事、ギーという油とターメリック、ニンニクなどで始めによく炒め肉に香りをつける・・・とか玉葱、人参はすりおろして(涙が大変なので、フードプロセッサーでガ〜っとやります)溶かしバターかギー(植物製)でしっかり炒める、とか香辛料は小さい擂り鉢で丸のまま使うたびにすりおろす・・・とかスープは丸鶏の濃いスープを使うとかタイム、ローリエ、クミン、ベイリーフ、セージ、マジョラム、ナツメグ、コリアンダー、オールスパイスに仕上げはガラムマサラ・・・辛みは赤唐辛子で調節し甘味はマンゴーチャツネを加え、メリケン粉もジャガイモも絶対使わない・・・等を教えてもらった。
さらっとしたカレーをナンで食べたり、御飯は白いまんまじゃなく、面倒がらずバターライスにするとか。事カレーに関してはウルサい助手君の言うままあれこれ工夫する。
スライスしたお菓子用アーモンドをフライパンで炒って黒胡椒をどっさりいれて炒めた御飯にまぜると御馳走になるとか、新発見も多かった。ピリピリと辛い胡椒の香りとアーモンドの香ばしい御飯は、カレーをかけなくとも凄く美味しい逸品で、食欲のない時に胡椒ライスと名付けてよく作った。冷飯をこうして食べると立派な一皿になるので嬉しかった。
N君はことカレーに関しては男の子のくせにあんまり詳しいのでかなりへこんだが、なんでも高校の時のアルバイト先で教わったのだそうだ。基本を知ってからは負けじとばかり、魚介類のカレーやレンズ豆、ほうれん草とオクラを生ぺパミントの葉とフードプロセッサーで撹拌し緑色のカレーにしたりと工夫して、飽きるまでわいわいやっていた。 回りにはそれまで料理を一緒に楽しむ人間はいなかったこともあり、ちょっと珍しかったので買い出し等にこき使っては新メニューに挑戦して遊んだ。

ある日焼そばに挑戦することになった。これも男性が好むメニューなんだそうだが2対1でも多数決、まず自分からは作ろうと思わないが仕方ない。
キャベツの切りかたから注意が飛ぶ、四角いザク切りだそうだ、豚バラ少々、玉葱は半分にしてからとかウルサい。
「あ、いけません、そんなに乱暴に麺を突ついちゃこま切れてしまいます、大丈夫ですからちょっとじっくり、キャベツが水分を出すまで、そのまんま、・・・そうそう」山になって支那鍋から溢れでそうなキャべツに手こずっているといちいち口をはさむ。
「焼そばは竹輪が入ってないと気分がでませんね、そうだ紅ショウガありますか?天かすがあれば言う事なしです。」
竹輪はおうどん、天かすはお好み焼きだろうが・・・内心腑に落ちないが、言われるとうり用意する。
「はいそこでお水入れてください、いいんですこれが決め手ですから、そんなにかき回さない!」
などともどかしそうに口を挟む。
「うわ〜、ウルサいったら〜、混ぜなきゃひっついちゃうでしょうが?」と乱暴に鍋底を擦る私。
だいいち、なんで料理自慢の私が焼そばごときで手こずらなきゃならないのだ?こんなお祭りの屋台のごときものに・・・馬鹿みたい。
急に向かっ腹を立てた私は支那鍋から手を離し、木べらを放りだして叫んだ。
「いやなこった、だいたい私は家庭を捨てて出てきた女ですよ〜だ、今さらなんで焼そばに情熱を注がなきゃなんないの!男が好きなものなんか作るもんですか」と口をへの字に悪態をついた。
「はいはい、じゃああちらでじぶくれていて下さい、替わりに仕上げますから」と助手君は腕捲りすると嬉々として手慣れた手付きで支那鍋に水を差し湯気でほぐれる麺にソースを絡め(しかもウスターとトンカツ2種類混ぜて)竹輪の輪切りを散らし、手の甲にキャベツと麺を載せ味見まで一瞬のうちにしてみせた。
腹減ったというような顔をしてマ二ュアル本から目をあげて息子が私の顔を見て苦笑した。デザイン会社を退社した後、コンピューターに方向転換していた息子は昼夜、MACと格闘中だった。
ふくれっつらの私の前にも大皿に盛られたキャベツたっぷり焼そばが紅生姜と青海苔に飾られてデンと置かれた。ぷ〜んと香ばしいソースの匂いが鼻孔をくすぐる。お祭りの匂い。
「うまそうですね〜じゃ遠慮なく、」息子は頬張りながら目でおぉ〜と大袈裟に驚いてみせて
「美味しいよ」と促した。
しぶしぶ食べてみると、イヤだ、うまいじゃないの?、もう何?このうまさは?、この安っぽい懐かしさ、しっとり柔らかい麺に程よく絡んだソースが別物のように活きている。この竹輪の歯ごたえ、申し訳程度の豚肉の有り難さ、赤い紅生姜の利かせ味ったら・・・
ハグハグと一気に食べて、ハッと気づくと助手君の目が満足げに笑っていた。


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