2005/11/7 月曜日

義経「静よさらば」

Filed under: 大河義経 — patra @ 2:13:46

朝型に決めたのに腕組みしながらマック画面を睨んでおります。というのも
どちらへ伺っても義経の感想は・・・もう皆さん脱力感のみ。
さもありなん、見せ場の能狂言「船弁慶」より頂いた知盛が怨霊となってまで義経郎党の行く手に立ち塞がる肝心のシーンの台詞「西国は我ら平家の海、九朗判官!そなたに渡してなるものか・・一人残らず海の底に引きずり込まん〜〜」が聞き取れないし亡霊となる必然性が台詞からは希薄で船弁慶の表面上をなぞっているだけに過ぎない。
これでは小学生にも飽きられてしまいそうな浅い展開にため息しか出なかったからですが、せめて怨霊鎮めるための読経は全員、それこそ必死で手を声をあわせするくらいの緊張感ある演出にしないと・・・
それは学芸会以下だろう。と心配になった。

全員一致で読経をあげる事で亡霊、または怨霊たる知盛が苦しみのうちに最期の妖力で船をひっくりかえすことでも結構だが肝心なのは
「人の恨みを買うとは斯様に恐ろしいもの」と伝承され続けてきた怨みは怖いと言う文化的な教えがゼロなのには実に参る。

現代人から観てこの「義経」の最大の欠点は伝承されている文化さえ謙虚にその本質を受け止め描こうとしていない薄っぺらさにあるようだ。
ならば能の世界から歌舞伎からのイメージだけをお手軽に借りず現代的解釈で斬新に挑むべきだったろう。
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2005/10/31 月曜日

堀川夜討

Filed under: 大河義経 — patra @ 2:05:07

毎週8時と10時の2回チェックしながら感想を書いていましたが昨夜は浮気。
何を書こうかボンヤリしてしまう印象の義経、気を取り直しても「lovers」の金城君がチラ付くので困ることこまること。
義経さんの中のヒロイン静と萌さんの薙刀姿、もっと派手に立ち回るのかと思ったらすぐに尻餅、それでは邪魔なだけでしょう。チャン・ツィイーのようにはいきませんでしたね。不平顔のうつぼは何のために出てるんだ?・・と疑問を投げかけるザクさん。視聴率狙いだったキャスティングは如実だな〜と思う隠居ですが今回は萌さんが笑う事が出来てチョッピリ嬉しかったけど他は疑問。

鎌倉恋情さん が残りの数回では纏まらないのでは?と危惧するなかで”やーめーてー”と叫ぶのが非常に可笑しかったですが私も叫びたい。

食う♪読む♪歩く♪さん
呑気に静を相手にまだ夢の国作りの話をする義経君の脳天気ぶりを心配してくださってます。
もう何が何でも最期までドタバタといくのでしょうが一番の問題は入れ代わり立ち代わりの演出陣の人数、これでは統一感なぞ望むべくもない。昔ある若い女優さんがチラリと大河に出た時の何人もの演出家が居て、その中の若い演出とどうしても呼吸が合わず大河に馴染めなかった、という感想を語っていたのを思い出してしまった。

ミチさん が言う土佐坊が語る義経闇討ちに対して誰も志願者がいなかったうんぬん、まだそんな義経万歳!?に時間を割いているのかしら!と言う疑問に同意。私が一番驚くのはこの「大河」で何時も誰も悪くない・・という曖昧さを事さら強調する点。何故志願したかを聞かれ、「怨みか?」の詰問に「何も無い。報賞だ、」というのは解るが「歳老いた母を根無し草にするに忍びない..」そんなとって付けたような台詞が気に要らない。
ホロリと来ますね、と徒然オブ大河さん は書かれてますが隠居は老獪なので素直には得心できませぬ(笑)。せっかくの役者があれでは勿体無いなぁ。

そもそもあの時代に出家する人間はその瞬間から親兄弟とは縁無き人間、天涯孤独に均しいものだ。今さら母親うんぬんの台詞はうさんくさくて堪らない。

つづいて義経自ら土佐坊の首刎ねる処刑場面のあの衣装は何だろう?
その同じ出で立ちで法皇に頼朝への追従の院宣を受ける件へと繋がるのには生理的に見るに耐えなかった。人一人殺める衣装は不浄のもの、院へ上がる装束と同じとは赦されない。断固差をつけるべきだった。

他に用意してある新しき装束だよ、と言われても納得できない不自然さである。白装束ならば統べて白。かろうじて太刀を持つ手首が絞ってあったが。
どんどん辻褄が合ぬ展開になるのは見ていて苦しい。

ぱるぷんて海の家さん が言う脚本、演出支離滅裂のきらい有り・・は妥当な考えです。
知っているだけで6人も関わる演出、統一感が出るわけがない。そもそもの混乱はこの辺にもありはしないだろうか?とため息をついた回でした。

2005/10/24 月曜日

鎌倉の陰謀

Filed under: 大河義経 — patra @ 1:12:38

いつもながら、あ〜あと思ってしまう。
義経さんのワンパターンのお顔、穿った見方をすれば同じシーン、御簾の前の同じ衣装でのまとめ撮り・・収録を倹約する時に良くつかうやるせない手段ですが、それをどの場面も多様しているのでは・・・
気持ちも筋書きも役者がシッカと把握できないまま段取りで流されているような・・・
せっかく先週やっとキリリとした面だちや眉の型までも5、6月頃の自信のないお顔に逆戻りしていますもの・・・何をかいわんや、みなさまの苦情ごもっともです。
衣装の着付けなど緩い紐の結び方などにスタッフの気の弛みも感じます。こうした事は見る側に気どられてはいけないと思う。

見せ場が中途半端なまま行くのかとの御指摘にも全くと腕組みをしてしまう隠居です。

せっかく先週誉めたのに脚本の曖昧さは「まだ義経さんの言動に事の本筋を理解させていない場面をしつこく設定していますね。
叔父行家が言う「それこそが謀反!」と叫ぶ言葉に弁慶、義経共にギョ!!としてみせるんですから困ったもんです。

徹底的に「迷う」心の持ち主である義経主従を書くことで事態の重大さを先送りし深みに嵌まって行く弱さ愚かしさを描いているのでしょうね!?
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2005/10/17 月曜日

41回、兄弟絶縁・・

Filed under: 大河義経 — patra @ 1:54:23

宗盛親子を伴い都へ向う義経主従がいよいよ茨の道を踏み出しました。義経さんの胸中を想うと胸締め付けられます。脳裏をよぎるのは数々の武勲、なぜに兄上に届かぬのか?暗い海に船漕ぎ出す大胆不適さえ厭わぬ果敢だった義経さんがどうでしょうか!沈みきった表情です。お徳の
「打ち消しては思案、思案しては打ち消す旅の途上でありました・・」声が胸に響きます。
一方
鎌倉ではやはり落ち着かない頼朝、胸に突き上げる想いは政子の慰めとは大違い、追いやってみたもののまたも疑心暗鬼。宗盛と義経が手を組む事を恐れます。
相手を疑う心の中はまず己の想像の範囲内・・いうなれば自分の邪さの現れなのだが、賢いはずの頼朝もご多聞に漏れず自分の考えをして義経も同じでは?・・・と疑い、ついに最も過酷な命令を下すことになる回でした。

宗盛が道中で語る心境も切ないものです。まさに俗に言う「後悔先に立たづ」の告白が哀れ・・死にゆく運命のひとは皆こうして覚りを開き穏やかに自己分析してゆけるなら「死」もあながち怖くはないですね。「せまい、心がせますぎた・・」この辺をいわぴいさん!巧みです。
重盛の人望に羨望と恐れ、智盛の強さに嫉妬し、真直ぐな重衛に眩しさを覚えた・・と自己分析する宗盛を凝視する義経さんの胸中は・・。

もっとも見せ場は南都の僧兵に捕えられた重衛と輔子の別れでしょうか。

鎌倉恋情さん
が「世界の悪女」と言う本を挙げて女の権力者の残忍を書かれていますが私も読みました。ホント怖い。(笑)それはさて置き、自分を探し求めて叫ぶ妻に気づき必死で僧兵に会見を願う重衛が素敵です。形見を・・と輔子に乞われ何一つあげるものを持たぬ重衛が自らの髪を食いちぎる姿、泣けます。髪の毛など尋常では食いちぎれるものじゃないだけに切羽詰まった男の心情と共に
このシーンは智盛が御座船で明子との今生の別れ!とばかり見つめあう姿、女性側からの平家らしい夫婦愛の視線でした。閉ざされた門の外にくず折れる輔子、哀しくきれいです。
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2005/10/10 月曜日

血の涙・・

Filed under: 大河義経 — patra @ 2:15:49

どうでしょう、良く纏まった「血の涙」ではなかったでしょうか?。
前回の中途半端さえ、実は狙いだったのでは・・そう思うほど練れた展開に満足したのは私だけでは無いとおもいました。
先週、辛口、尽く批判される隠居の天敵?佐藤先生が鉾先をいくらか柔らげてくださったのも、これは珍しく関東の海が腰越らしく写っていたことにも依るのでしょう。
その地方独特の空気感・・それは絶対に写るものなのです。初め頃、遮那王が武術を訓練する山が(茨城県?)どうしても鞍馬山に見えず興を削がれた!と言う意見もあったくらいです。ロスにはロス、パリにはパリと言ったように、その現場特有の色がある。歴史の地へ脚運び検証しロケする余裕が「大河」等には今後、是非にも必要なのでしょう。どんどん地味になる映像から義経受難なり・・・と不払い騒動が重なって見えてしまうのは実に辛いものだ。

さて兄と弟が本当は「情」にこだわる同類・・と鋭く見抜いた政子の見せ場が巧みでした。
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