トイレの神様
昔から女の子は、トイレ掃除をしないと美人になれません。とか良いお嫁さんになれないよ!とか教わったものです。
年頃になってから,友達の母上から教えて頂き、其れ以来必死でトイレ掃除を試みたが、残念、間に合わなかった(笑)
何と今、そんな躾を歌にした人が出て来ました。母に聴かせないと(笑)
実は家で一番、トイレ掃除が駄目だったのは,躾けるべき筈のお婆ちゃん世代の母でした。子供達にこの歌が浸透するといいな。植村花菜さんは美人だそうですよ。
昔から女の子は、トイレ掃除をしないと美人になれません。とか良いお嫁さんになれないよ!とか教わったものです。
年頃になってから,友達の母上から教えて頂き、其れ以来必死でトイレ掃除を試みたが、残念、間に合わなかった(笑)
何と今、そんな躾を歌にした人が出て来ました。母に聴かせないと(笑)
実は家で一番、トイレ掃除が駄目だったのは,躾けるべき筈のお婆ちゃん世代の母でした。子供達にこの歌が浸透するといいな。植村花菜さんは美人だそうですよ。

色々な人に憧れて、そう,熱烈に憧れたり真似したりとお手本を見たお陰で大人になったような隠居です。すると運命とは味なもので、そのご本人と引き合わせてくださる事がある。
そんな憧れの芸術家、合田佐和子さんとは今は亡き稲越功一さんの展覧会で巡り会えました。
彼女の、久々の個展のお知らせが届きました。日本橋の椿画廊 で3月1日から20日まで・・・11時から6時30分まで。日曜休廊です。ポストカードの画像は作品「ゴルゴダ」

日曜くらい、目新しく美味しいご飯を!と思うばかりで、最近もマンネリの献立でした。
昨日はペンネを食べたくなって、でも辛いの嫌いな母にアラビアータは無理。鶏とタマネギ、椎茸でクリームソースを作り添えました。フライパン一つで出来るし。
微塵のニンニクを炒め香りを出してからタマネギ、椎茸、昨日の残の白菜の葉さきも加え、家庭料理のこんな応用が好き。塩胡椒と粉をまぶした鶏をよ〜〜く炒めてから、クリームの代わりにコーンスープの缶を入れてトロミ付け。もう極力バターやクリームは避けています。
ゆであがったペンネにフミちゃんのお土産海藻バターを一匙とバジルソースを混ぜます。パセリを振って出来上がり。
これくらいしか40分以内だと出来ない。冷蔵庫に突進しつつ「あれ!?何を出すのだっけ?」という私に母が「あんた私と同じ、りっぱな婆さんへ真っしぐらじゃない」と笑われる。
残ったイクラをアボカドに載せるのだった。冷蔵庫を開けると分るから、これも不思議な現象だわい。
食後、後片ズケしてお茶を飲みながら
二人して「龍馬伝」を神妙に観る。美津子さんの弥太郎のおかんが楽しみな二人です。しかし、あの岩崎弥太郎は汚れ過ぎてない?史実なんだろうか?疑問。
あの華麗な岩崎邸と、どうしても結びつかないが、今後が非常に楽しみでもあります。
この前、さとなおさんが手相の ことについて書いていましたね。五味康祐さんの名前が出ていたので「あれ、随分若い時から手相に興味を持っていらしたのだな、と思いました。剣豪作家として有名だった五味康祐氏は長髪、あごひげに着物姿の作家で晩年は盛んに易や手相を看てらした。丁度私が21〜26才頃だから其の時代にさとなおさんは少年の筈ですから早熟です(笑)
でも誰でも自分の運命はどんな船に乗りどの港に向かうのか?興味があるはずですから彼は易や手相を学んだのは、実に偉い少年だったのですね。丘に着目するなんて・・・
ちなみに私はマス掛けですが、此処に来て生命力の張り、丘が萎びました。
先日も知り合いの殿方が「易はこんなことまで解るなら、恐いですね」とお仲間の女性を看たついでに看ましょうか?と水を向けたら真面目に手を振って、慌てて帰られました。
でも自分という器がどんな人間であるか、どんな弱点があるかを知らずには立命は決して出来ない物です。それにほとんどが性格という遺伝子の侭、向かってしまう中年期45才頃、真剣に自分と向き合うのは良い事であって怖がることではありません。晩年を建て直す作業に易は有効です。
手相は若い人向き、何故なら大方は恋愛運のみ興味があるからですが、ほんとうに己を知りたい人は四柱推命の現本「淵海子平」が効果的です。江戸時代に日本に入ってきた淵海子平は、その難解さに全文訳される亊無く日本人向けに「四柱推命」として広く一般的に広まりました。但し「敗財」という星を隠し比肩,劫財と同じ位置に置いてますが性質が全く違います・・・筮竹を遣い吉凶を判断する断易にも「淵海子平」を読まなければ易経を理解できないものです。
極めれば極めるほどに奥の深い易を学んで20年が経ちました。
君子(紳士)にこそ必要な考える為の羅針盤が易ですが、人の頭を叩いて言う物でもない。生きる知恵なのに、何だか昨今は「易経」が地に落ちたように感じます。
稀に霊感など特殊な予知を為さる方がいますが易は勉強なので、何度も学んで経験して得る人生の答えですので信じる信じないという定義では括れません。
下に安岡先生の言葉をお借りしました。
【知命・立命・天命 1】
実は自分を知り自力を尽くすほど
難しいことはない。
自分がどういう素質能力を
天から与えられておるか、
それを称して「命」と言う。
それを知るのが命を知る、知命である。
知ってそれを完全に発揮してゆく、
即(すなわ)ち自分を尽くすのが立命である。
命を知らねば君子でないという
『論語』の最後に書いてあることは、
いかにも厳しい正しい言葉だ。
命を立て得ずとも、
せめて命を知らねば立派な人間ではない。
『安岡正篤 一日一言』より
(致知出版社刊)
父方の従妹の長男が扇屋「東扇堂」の5代目として紹介されていた。うれしい。最近、同じ屋号の扇子屋さんが仲見世やネットで幅を効かせていたので、親戚としてはちょいと・・・な気分だったのだ。
家の御先祖は江戸時代,浅草で芝居茶屋を営んでいたのがルーツなので歌舞伎の扇子と縁が深いのと、小売りはしない専門店なのだが・・・何とハトコで5代目と知ったのには驚いた。
あの垢抜けた粋な、あんなに奇麗な老人を看た事が無い幼心にも印象深い、お爺さん先先代で3代目だったとは・・・
伝統は受け継がれてこそ技術も深まる訳だから、やんちゃ坊主だった彼が今当主で、その息子に扇が立派に伝承されているのが嬉しかった。
この歌舞伎座の小冊は母のパトロ−ネで何時もお小遣いやらお菓子などを送ってくださる叔母さま(母の妹)が見つけてお菓子と共に送ってくださったのだ。叔母さまは歌舞伎座のファン会員なのです。
それより何より、お菓子の包みに息子への言伝の手紙が入っていて、泣きました。いつも懸命に生きる我が息子の姿で励まされている!といった優しい文面と共に沢山な金子まで添えられてあり、私や息子には内緒で母から渡してね・・・と結ばれてありました。
「そうはいかないわね」と母が手紙をみせてくれます。有り難い事でした。
川崎に例の「アバター」を観に行き戻ってきた息子に早速その手紙を見せる。
「頂けないよ、」と固まっていましたが叔母さまも今年、目出度く90才を迎えられます。何時も何時も影になり日向になり我が家を応援してくださっています。
ありがたく頂きなさい、と声かけながら、それもこれも母を大事におもってくださる叔母さまと母の姉妹愛の延長線上の賜物なんだな〜と仲が良い姉妹の夫々の90年92年の生きて来た歳月を忍びました。
受けるばかりの我が家です。
懸命に今を生きるしか恩返しはできないのですが。「お嫁さんにあげなさい」と言ったら嬉しそうに頂いた虎屋の羊羹と一緒に3階へ。
たくさんの人の善意で支えられている息子と母、そして私。けっこう気弱になっていたこの頃でしたので又勇気が湧いてきました。
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