2008/8/27 水曜日

仲田薫子さんの死

Filed under: 人物, 家族, 時代 — patra @ 2:02:14

このところ何か胸が騒ぐというか落ち着かずブログも思うように書けないので
こんな時は無理に更新しないほうがいいかな?と息子のブログを覗きに行き驚きました。
共通のお友だちになったばかりの仲田薫子さんの訃報について、息子が追悼文を書いていたからです。ここ何日か息子に用件メールを出しても返事は無いし一体どうしたのかな?と心配だったのです。薫子さんの心臓がお悪いとは聞いていましたが・・・まさかこんなに早くたった44歳で若いプロデュース能力に長けた才能が旅立ってしまわれるなんて無念としか言えません。

哀しくて泣きました。どうして好きな人との別れはかくも突然に訪れるのでしょうか?
息子も書いているように大人になってから出会えるお友だちは稀、まして家族ともお友だちとし接してくださる薫子さんのような方にであえるなんて奇跡な体験でした。このプチ宴会はお名前を出して良いか聞かなかったので匿名でしたが、私の大好きな写真家植田正治さんのお孫さん、仲田薫子さんが津田さんと一緒に遊びに来て下さった日の出来事でした。わかちあった貴重な時間は今思い出しても楽しかった。また会えると信じていたのに・・他のいきさつは息子が彼のコメントにリンクしてくれています。
其の時のお話で印象的だった事はフィルムの劣化に対し文化財としての貴重な財産を護るための援助を日本政府は全く耳を貸してくれない・・・という事でした。日本のカメラ史に偉大な足跡を残す木村伊兵衛(1901年12月2日〜1974年5月31日)のフィルムも劣化が進んでいるそうで、この事は最早家族個人の力では防ぎようもない事らしく其の為にも何とか国が保存に動いて欲しいと話されていた。もうその情熱は単にお祖父様植田正治(1913年〜2000年7月4日)の作品を残すという単純な動機ではなく、写真の文化的価値に対しての揺るぎない信念を感じ圧倒されたのでした。薫子さんの情熱なくして植田正治の写真はこんなにもヨーロッパに浸透しなかったのではないでしょうか?命を削るように闘った人.薫子さん。今は大きく手を広げて迎えられたお祖父様の胸に抱かれ再会を喜んでいることでしょう。世界で一番理解しあった同志.お二人の冥福をお祈りします。

2008/8/26 火曜日

「星野のやり方・・・」

Filed under: 人物, 日々雑感 — patra @ 4:21:28

星野仙一という人を好きだった。今も変わりがないがそれは人間的に好きなわけでだからオリンピックで負けたから嫌いになるという類いのものではない。昨日、敗戦監督として自分の責任だ、ときっぱりと頭をさげている姿を見.ここ を読むと正直な人だな・・・と更に印象を深める。しかし監督の思う義侠心.失敗を再度チャンスを与えることで挽回する!といった神話は相手が同レベルかそれ以上の高みに居ないとありえない話で.残念ながら今度の選抜選手には空振りだった。そのセオリーは監督のひとりよがりに終ってしまったのが気の毒だった。水泳の北島選手のような殺気といったような根性のある表情を見せる選手が一人も居なかったチーム。ベンチに座りっぱなしだった姿を指摘されると.星野監督は「アレ.ゲンを担いでわざと座ってたんです」と答えていた。監督業というものは人頼み神頼みの情けない仕事なのかとこれも気の毒だった。ダメだよそんな事では・・・一旦闘いがはじまったら神も敵にまわすくらいの迫力ある気迫こそが精神力だとおもう。なりふり構わず激を飛ばす,荒れ狂う星野さんを皆は見たかったにちがいない。それこそ男らしい姿で.負けても文句は言えない男が闘う姿である。妙に落ち着いて選手を庇うことが果たして今の若者に良いか?そうとは思えなかった。ブルペンに居る選手の無気力ぶりも唖然,呆然・・・これは一緒に闘う仲間への礼儀にも叶っていない。ホームランを打った選手が飲み物を飲んでいる姿が映し出されたがゲンを担ぐとしたら試合中は勝つまで水を断つくらいの気合いで挑んでほしい。あの姿のゆるさでこれは負ける!と素人目にも思ったものです。気合いの入れ方アニマル浜口さんに教えてもらったら・・・どうだろう。あの恥も外聞もない真摯さって勝負の鍵です。星野監督敗戦の弁ベンチの監督

2008/8/21 木曜日

愛馬に異変?

Filed under: 人物, 時代 — patra @ 11:43:07

法華津 寛さんと愛馬法華津 寛さんと愛馬ずっと楽しみにしていた最年長でオリンピック出場の法華津 寛さんの馬術競技を見落とした、とおもっていたら昨日、ちらっと出たニュースの映像に胸が痛んだ。愛馬が逆走し,多分失格?ほんの一瞬の映像だったが何かが馬に起きたのでしょう。馬の首のあたりが脂汗のような、べったりと黒光りしてる様子が切なかった。相当に歳を取った馬だったようなので練習先の海外から北京のオリンピックまでの道のりが辛かったのだろう。動物は言葉が話せない分、後ずさりし必死に抗ったのかもしれない。限界ぎりぎりまでご主人のために耐えたとおもうと泣きたいくらい可哀想だった。どこもニュースにしてないけど、胸を突かれるほどの辛い映像だった。

パリ土産の手提げに・・

Filed under: 人物, 日々雑感, 家族 — patra @ 0:00:00

キッチュな色と柄小さい飴の缶モンサンミッシェルのバターキャンディー

退院後,主治医になってくださった女性の整形外科の先生はとても若々しい方で、まさか大きなお医者さんの息子さんや大きなお嬢さんがいらっしゃるとは想像できなかったのですが、ご主人も胸部外科のお医者様だそうです。どうやったらお仕事、しかもお医者様という激務をこなしつつ家庭も守り若くいられるのか?秘訣があったら知りたいものですがまず穏やか・・・これ女性として最高ですね。

この夏の休暇はご主人と一緒に初めてへフランス旅行するとの事だったので息子のアドレスをご紹介しました。早速メールでコンタクトを取り合い旅行プランなどの情報を交換しているようでした。何かのお役に立てればと思ったのに息子からの報告ではご夫妻にご馳走になってしまったそうです。かたじけない。

そんな今日、往診の時に、かわいい手提げにモンサンミッシェルのバターキャラメルの缶を入れてお土産に持って来てくださった。センスの良い絵柄・・・女の子の脚に絆創膏が貼ってある絵がユーモラスで可愛い持ち手の握る具合がいい感じのミニバッグ!さすがにパリです。・・・私にまで (more…)

2008/8/19 火曜日

たくましい孤独な作業

Filed under: 人物, 時代 — patra @ 17:39:44

ランキングに登録してくれた息子のお陰で未知の分野を知りました。時々順位の変わる1位を覗いてみます。が、お、これは面白い!とおもったブログがこのところ1位になってます。フリョウノウミンさん。面白くって声だして笑ってしまいました。本もだされているらしい農業従事者青年、shinさんのブログ。なんでこんなに辛い作業の日常を笑いにかえる力があるのだろう。農業の事は何もわからないまま美味しい野菜やトマトや枝豆を食べる呑気な都会の暮らしですが、そうかトマトはそんなに手が緑色になっちゃうのか?でも何でだ?葉っぱか?茎か?とか法事の時に礼服着てる時でも野菜に水やりはかかせない農業青年の姿、奮闘ぶりが面白おかしく伝わってくる。家業としてほんとは継ぎたくない農業を、でもやっぱり継いだ青年の境地、想像すると泣ける。日本の食料を日本に取り戻すには若い力が継いでくれないとホントに困るのだけど夜中の2時に真っ暗な畑で枝豆を収穫する作業は過酷だ。ティターニアに出会える時間さえ無い・・・伏線に見え隠れするユーモアに並々ならぬ知性を感じるのです。日本の若い力を応援したい。がちんこ農業生活

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